SS‐DIARY

2014年11月28日(金) (SS)惚れ直し


対局中継や時折頼まれる囲碁番組の解説以外テレビに縁のないぼく達だけれど、希に思いがけない所から出演依頼される時がある。

進藤が今回依頼を受けたのは朝のワイドショー番組で、普通はアイドルや、ドラマや映画の番宣のために俳優が出るような枠だった。

それに最近三冠を達成し、話題となっている進藤が声をかけられたのだった。

「えー、朝の番組に出るなんて言ったらすげえ早く起きなきゃじゃん」

罰当たりな進藤は事務方から話を聞くなり文句をたれた。

「大体なんでおれなんだよ。三冠って言ったらおまえだって三冠じゃん」

「そのぼくから本因坊を奪って三冠になったんだろう、キミは」

そもそもがぼくはテレビ向きじゃない。堅苦しいし、愛想も無い。進藤の方がずっと朝の番組向きなのだった。

「えーでもやっぱ面倒だなあ」

ぶつぶつ文句を言っていた進藤は、けれどその番組でインタビュー役をするのがお気に入りのアナウンサーだと解ってコロっと態度を変えた。

「そうだな。お茶の間に囲碁の良さを知ってもらういいチャンスかもしれないもんな」

呆れる程の掌の返しようである。

「別になんでもいいけれど、妙なことを口走って囲碁界のイメージダウンにならないように気をつけろよ」

彼のお気に入りは前年までお天気お姉さんをしていた可愛いアナウンサーなのでぼくは内心面白く無い。

「信用ねーなあ、平気だよ。間違っても下ネタや放送禁止用語なんて言ったりしないから」

「当たり前だ」


そして当日、いそいそと出掛ける彼を見送った後、寝直すことも出来なくてなんとなく漫然とテレビ番組を眺める。

今日は手合い日なので適当な所で出掛ける支度をしなければいけないのだけれど、進藤の出演が気になっていつまでもテレビの前を離れることが出来ない。

そうこうしているうちにそれは始まって、ぱっと画面に進藤の顔が映った。

瞬間、思わずドキリとする。

(毎日家で見慣れているのに何を今更)

けれど対局時のようにビシッとスーツを着込んで余所行きの顔をしている進藤は男前度が三倍増しで、まるで別人を見ているようなのだ。

『進藤さんは先日、本因坊の座を獲得され見事三冠となったわけですが―』

アナウンサーの質問にそつなく答え、本因坊戦や囲碁のことを歯切れ良い口調で説明する進藤は、とても第一回北斗杯のテレビ中継の時に緊張してあがってしまったのと同じ人間には見えなかった。

『その若さで三冠なんて本当に素晴らしいですねえ』

『でも同い年で先に三冠達成したヤツがいるんで、あんまり威張れないんですよ』

『塔矢アキラ棋聖ですね。そういえばお二人は親友同士だとか。良きライバルでもあるわけですね』

『うーん、どうだろう。顔合わせれば喧嘩ばっかりしてますけど』

『喧嘩するほど仲が良いっていうことでしょうか。実は私、第一回北斗杯で初めて進藤さんと塔矢棋聖を知ったんですが』

『うわ、アレ、おれ負けたヤツじゃないですか。まいったなあ』

『いえ、とても素敵でした。あの時に進藤さんの熱烈なファンになりまして、今回ゲストでいらっしゃると知ってとても嬉しかったんですけれど、せっかくなので立ち入ったことをお聞きしても構いませんか?』

『えー? なんだろ。怖いなあ』

『ご結婚………とかは、まだ全然お考えにならないんですか?』

思いがけない質問に進藤は目をぱちくりとさせた。

『うわ、すんごい直球ですね』

『言ったじゃないですか、私相当年季が入ったファンなんですから。同世代の棋士の方とかそろそろそういうお話しも出る頃なんじゃありません?』

『うーん、確かにそういう人もいますね』

『お付き合いしている方とかいらっしゃいます?』

アイドルと言っても通じるんじゃないかというくらい、可愛い顔立ちをしたアナウンサーに詰め寄られて進藤は心持ち頬を赤らめながら考えている。

と、唐突にまっすぐカメラを見て言った。

『結婚はいつかしたいデス。たぶん今、この向こうでおれのことめっちゃ真剣に見てくれてる人と』

そうしてからいきなりくしゃっと顔全体笑顔になって言った。

『なーんてね』

『えっ? 今の冗談ですか? なんですか?』

『いや、だってまだおれ半人前ですもん。なかなかそういう人生の一大事は考えられないですって。でももし年中囲碁漬け、頭ん中碁のことばっかりでデートは碁会所オンリーでも怒らない心の広い人がいたら、ぜひ果敢に立候補して下さい』

『うーん、デートが碁会所って言うのは女子としてはかなり厳しいですねえ』

『やっぱそうですか? あはは』

そしてそのまま番組は別のコーナーに切り替わり、画面から進藤の姿は消えた。

けれどぼくはテレビの前から動くことが出来なかった。

先ほどの進藤の言葉が見事なくらいにぼくの心臓を射貫いていたからだ。

「…何が半人前だ」

火照った顔で呻くように言う。

(そんなこと心にも思っていないくせに)

冗談めかして言いながら、進藤の目は確かに画面の向こうからぼくの目を真っ直ぐに見つめていた。

ぼくが見ていると知っていて、それも悔しいかな、かぶりつかんばかりに釘付けになっていると解っていて言ったのだ。

「…卑怯者」

こんな不意打ちをくらうとは思っていなかったのでまだ動悸が静まらない。

顔なんて赤いのを通り越して湯気がたってしまいそうだった。

「だっ…大体デートなんか最初からずっと碁会所だったじゃないか」

それで一度でもぼくが文句を言ったことがあったかと進藤のいなくなった画面に向かって毒づいてみる。

例え画面にはいなくても先ほどの鮮やかな笑顔はまだ脳裏に焼き付いていて、それが胸を切なく焦がした。

あれはぼくの答えを聞かなくても解りきっている満足の笑みだった。

「それにキミ、あのアナウンサーがお気に入りだったんじゃないのか」

なのにその彼女の前でぼくに向かってプロポーズした。そう、あれは婉曲ではあるがプロポーズだったとそう思う。

「…これじゃ、喜んでいいのか悔しがっていいのか解らない」

よくもこんな目に遭わせてくれたなと毒づきながら、ぼくは頭の中で必死にオファーのあった仕事を思い返していた。

断ったもの、返事待ちをしてもらっているもの、大抵は直接囲碁とは関係の無いメディアの取材が多かった。

(棋院に行ったらすぐに事務所に行って確認して―)

最も進藤が焦れる方法で彼に返事をしてやろう。

(返事というか、仕返しだな)

やったらやり返す。やられたら更に倍以上にして突っ返す。それがぼく達の関係なのだから。

「…急がないと」

考えている間にも時計の針は進み、事務所に寄るどころか手合い自体に遅れかねない時間になっていた。

「遅刻したらキミのせいだ」

太陽が東から昇るのも、夜に星が輝くのも、空が綺麗に晴れ渡っているのも何もかもみんなキミのせいだと呟きながら、ぼくは唇に微笑みを浮かべて急いで支度を始めたのだった。

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帰りにアナウンサーに連絡先を聞かれても断って帰るヒカルです。


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