視界一面、黄金色だった。
近郊での仕事を終えて駅に向かう途中、銀杏並木に差し掛かったら葉が綺麗に紅葉していて、見上げる空も踏みしめる足下も全てが黄金色に染まっていた。
「綺麗だ」
手をかざし、頭上を覆う銀杏の葉を眺めていたら危うく人にぶつかりそうになった。
「すみません」
謝ってすぐに憮然とする。相手は全くぼくに気がついてもいなかったからだ。
その人は歩道の真ん中だというのにスマホを片手に写真を撮ることに集中していて周りがまったく気になっていないようなのだった。
「危ないなあ」
ぼくが呟くのと「いいなあ」と進藤が呟いたのは同時だった。
「え?」 「いや、ほらああいうのいいなあって」
進藤に指さされて改めて周囲をよく見てみると、他にも銀杏並木の中で立ち止まっている人が大勢いて、そのほとんどが恋人同士で自撮りをしていた。
ぴったりと体を寄せて睦まじく携帯やスマホの画面に微笑んでいる人たちを進藤はうらやましいと思ったようなのだ。
「なあ、おれらも撮らねえ?」 「いやだよ。大体こんな外で男二人で写真を撮るなんて変だろう」 「変じゃねーよ、女同士で撮ってる奴らもいるじゃんか」
進藤は拗ねたように口を尖らせて言うけれどぼくは聞く耳を持たない。
一度甘やかすと際限がないからだ。
「とにかくダメと言ったらダメだ。そんなに撮りたいなら一人で撮ればいいだろう」 「一人で撮ったって意味ねーだろ」
まだまだごねそうな気配の進藤に何か言ってやろうとした時、ぼくのスマホに着信があった。
「ごめん、電話だから少し待っていてくれ」
進藤から離れ、背中を向けてぼくは電話に出る。
電話は事務方からのスケジュールの確認で、ぼくの方からも連絡しなければいけないと思っていたのだった。
二言、三言で事は済み、電話を切った時ふと思いついてスマホを自撮りモードにしてみる。
進藤にうるさく言われて替えさせられたスマホだけれど、電話とメール以外の機能をぼくはほとんど使っていない。
それを今初めて使ってみたのだ。
手の中の液晶画面にはぼくと、ぼくの後ろで手持ち無沙汰に待っている進藤が遠景に映っている。
(綺麗だな)
銀杏の葉降り注ぐ黄金色の世界は確かに美しく、それを背景にしている進藤の横顔は悔しいけれど男前で、皆がここで写真を撮りたくなる気持ちが少しだけ解るような気がした。
こっそりとぼくはスマホを体から離して、上手くぼくと進藤がフレームの中で並ぶように調整した。
進藤は待っているのに飽きたのか銀杏の木を見上げていて、ぼくが何をしているのか気づかない。
カシャリと小さな音がするのと同時に手を下げて、コートのポケットにスマホを仕舞う。
一瞬しか確認しなかったけれど、綺麗に映っていたと思う。
(大切にしよう)
ぼくはポケットの上からスマホを撫でながら胸の中で思った。
一人になってから改めて見るのが楽しみだった。
(でも進藤には絶対見せてやらない)
自分だけの秘密にするのだとそう思った。
気がつけば口元が薄く微笑んでしまっている。
ぼくは意識して顔から微笑みを消すと仏頂面で振り返り、「お待たせ」と素っ気無く彼に声をかけたのだった。
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最初につけたタイトル「ツンデレの鏡」。
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