「悪いけど、付き合って貰うよ」
有無を言わせない口調で引っ張られ、ヒカルが連れて行かれたのは会場から出た通路の奥にある休憩所だった。
非常ドアの側にあるそこは会場から遠いのと、喫煙所を兼ねていないので他に誰も人の姿が無い。
お義理のように置かれた長椅子に先に座るとアキラはヒカルを促して座らせ、その肩にゆっくりともたれかかった。
「何?」
「これからぼくは眠るから一時間経ったら起こしてくれ」
それは丁度昼休みが終わる時間だった。
「ちょ…おれ昼抜きかよ」
「ぼくだって何も食べていない。それにキミのせいなんだから責任を取って貰う」
不機嫌そうな声に言われてヒカルは一瞬黙った。
「あー…、えーとその…、もしかして痛い?」
「痛いよ。それだけじゃなく体中の関節がバラバラになりそうな程痛んで苦しい」
キミは一体どういう力のかけ方をしたんだと言われてヒカルは面目なく顔を手で覆ってしまった。
「や、そりゃ悪かったけど、でもおまえも嫌がんなかったじゃん」
昨夜ヒカルはアキラを抱いた。
好きとも何とも告白もせず、唐突に衝動で押し倒してしまった。
倒されたベッドの上でアキラは非道く驚いた顔をして、けれど次には観念したように大きく一つため息をついた。
『いいよ』と呟かれた言葉にヒカルは自分の気持ちが一方通行で無かったことを知り、ほっとするのと同時に触れることを許されたことを素直に喜んだのだった。
けれどそれはタイミングとしては決して良い物では無かった。何故なら仕事で来ていたファンとの交流会の前夜だったからだ。
翌朝アキラはヒカルの目覚めを待つこと無く、さっさと起きて支度して部屋を出て行ってしまい、その後は司会進行や挨拶などをそつなくこなしていた。
少しばかり顔色が悪いなとヒカルは遠目に見て思っていたけれど、睡眠不足のせいだろうと、さして深くは考えていなかったのである。
「さっき鎮痛剤を飲んだから午後からは少しはマシになると思うけれど、午前中は何度もキミを殺してやりたくなった」
「って、おまえ大丈夫? そんなにキツかったんなら言えよ」
薬嫌いのアキラが鎮痛剤を飲んだと聞いてヒカルは今更ながらに慌ててしまった。
「もしかしておまえ熱も出てるんじゃねえ? なんだったら緒方センセーに言って午後の仕事誰かに代わって貰―」
「なんて言って?」
男に抱かれて、そのせいで調子が悪いとでも言うのかと言われてヒカルは黙った。
「でも…しんどいんだろ」
ヒカルに体を預けているアキラはぐったりと目を閉じている。
肩口に吐かれる息も心なし早くて熱く、ヒカルは自分のケダモノっぷりを呪いたくなった。
「…こんなにおまえに負担がかかるなんて思って無かったんだ。ごめん」
「謝って済むことか。帰ったら当分昼はキミ持ちだ」
突き放すような口調でアキラが言う。
「解ったよ、奢るよ」
「それと次の理事会までに会議の資料をまとめておかないといけないんだけれど、これじゃとても出来ないからそれもキミがやるんだ」
「やる、なんでもやるって」
「それから家の風呂掃除とトイレ掃除、窓も最近磨いていなかったからあれもキミにやって貰いたい」
「帰ったら速攻、洗剤と雑巾持っておまえんち行きマス」
「それと欲しい靴があるんだ。イギリス製でちょっと値が張るけど今のが随分古くなってしまっているから」
「買うよ、どこで売ってんだそれ」
「三越。それから―」
「うん」
「当分は頼まれたってしない。キミは不服かもしれないけれど、これは絶対に譲れないから」
今度はヒカルはすぐに返事をしなかった。
「なんだ? 文句があるのか?」
「…二度と、じゃ無いんだ」
伺うようなヒカルの言葉に今度はアキラが沈黙する。
「今の、『当分はダメだけど、もっと経ったらいい』ってことだよな?」
「…知らない」
「それと今更だけど、おれのこと怒ってる?」
夕べちゃんと言わなかったけど、おれ、おまえのこと好きだよと言ったヒカルの言葉にアキラは何か言いかけて、けれどすぐには声にしなかった。
「…好きにすればいい」
委ねたまま、アキラがそっとヒカルの手の中に自分の手を滑り込ませる。
「なんでもキミの好きに解釈すればいいよ」
「それっておまえもおれのこと好きってこと?」
今度こそアキラは答えなかった。代わりにすうと静かな寝息がヒカルの首筋にかかる。
目を閉じた横顔はほんのりと紅を刷いていて、でもそれが発熱によるものなのか、感情によるものなのかヒカルには解らなかった。
「ありがと」
けれどヒカルがそう呟き、アキラの手をぎゅっと握ると、眠っているはずのアキラは思いがけぬ強さでヒカルの手を握り返し、「バカ」と小声で囁いたのだった。
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もう何回目か解らないお初話です。すみません。 アキラが発熱しているのはショック性のものだと思います。要はびっくりしたと。
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