SS‐DIARY

2014年08月03日(日) (SS)酒は飲んでも


酔いもさんざん回った所で、和谷がヒカルにこう言った。


「おまえさあ、今から塔矢に電話して愛してるって言わせろよ」

「はぁ? 頭煮えてんの? おまえ」

「いーじゃん、いーじゃん。それとも何? いつもあんだけ惚気ておいてそんくらいも言って貰えないわけ?」

「んなわけ無いだろ、おれが頼んだら一発で言ってくれるよ」

「ほー、言ったな! だったらすぐかけろ、今すぐ言わせろ」


もし言って貰えなかったらおまえのG-SHOCK(時計、高い)コレクションを貰うからなと言われてはヒカルも引けない。


「おう、絶対言わせちゃるよ! その代わりもし塔矢がおれに愛してるって言ったらおれはおまえにルイガノ(ロードバイク、高い)のニューモデル買って貰うからな」

「ああ。だけど塔矢が言ったらだからな」

「言うって、言わないわけねーだろが!」


そのままの勢いでヒカルはスマホを取り出すとアキラに電話をかけ始めた。


「あ、塔矢? おれおれ」


おれおれ詐欺かよと脇で和谷にからかわれながらヒカルは電話を続ける。


「今どこいんの? え? ああ、芹沢センセーん所? そういやそんなこと言ってたっけ。うん、うん、それでさー、おれのこと愛してるって言ってくれる?」


あまりにも唐突な言葉にアキラがどう反応するだろうかと実はヒカルは内心ではひやひやしていた。

通常のアキラならこんな時「何をバカな」と冷たく突っぱねてしまうはずで、でもそれをやられると自分は自慢の時計コレクションを無くしてしまう。

何より、塔矢はおれにベタ惚れなんだからと本人の居ない所で言いふらしていたのが嘘だと和谷に思われてしまう。それは何とも悔しかった。


「なー、おれのこと愛してるって言ってくれよ」


いつ雷が落ちるだろうかと思いつつ、それでも必死にアキラにねだると電話の向こうでアキラはしばらく黙ってからクスっと笑った。


『キミ、酔っぱらっているんだね』

「よっ、酔ってなんかいねーよ」

『いや、いいよ。そう言えば和谷くんと飲むって言っていたものね』


バカな賭けがバレてしまったかとドキリとしたヒカルの耳にアキラのこれ以上無い程優しい声が響いた。


『愛しているよ』


それはぴったり張り付くようにして聞いていた和谷の耳にも届いた。


『キミは酔うといつも甘えん坊になるよね』


起きると覚えていないみたいだけれどと思いがけない話の運びにヒカルの目がまん丸になる。


『大丈夫だよ、心配しなくてもキミだけを心から愛しているから』


そう続けるアキラの声に塔矢くんと呼ぶ声が重なった。


『あ、ごめん。呼ばれてしまったからもう切るよ? もし足りないようなら帰ってからまた幾らでも言ってあげるから』


だから安心してゆっくり飲むといいと最後までアキラの声は優しかった。



「えーと、あの…」


電話が切れた後、しばらくの間ヒカルも和谷もどちらも口をきかなかった。

気まずい沈黙を破ったのは和谷の方で、すっかり酔いの覚めた顔でヒカルに言う。


「驚いたな。言ったな、塔矢」


ヒカルはスマホを握りしめたまま黙りこくっている。


「取りあえず賭けはおまえの勝ちってことで」


それでも黙っているヒカルに、和谷はまたしばらく沈黙した後でふいにぼそっと言った。


「…おまえ、酔うと甘え癖があんのか」

「ロードバイクいらねーから!」


その言葉をかき消すようにヒカルが大声で言う。


「G-SHOCKのコレクションもみんなおまえにやる!」


だから頼むから当分喋らないでくれないかと鬼気迫る顔でヒカルに言われた和谷は気圧されたように黙り、男二人の飲み会はお通夜のような風情になった。


(一体おれ…)


酔った時にあいつに何を口走っているのだろうかと考えたヒカルは、あまりの恐ろしさに生きていけなくなりそうになり、もう二度と深酒はすまいと誓ったのだった。


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この場合の被害者は和谷くんです。
惚気のカウンターパンチをくらったようなもんですから。
悪い夢を見るかもです。


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