海の日だから海が見たい。
そんな理由で引きずって行かれたのはお台場近くの海だった。
遠くにはネズミの国やら海浜公園の巨大観覧車も見える、そんな場所だった。
「…で、満足したのか? ご希望の海だけど」
「うーん、まあ一応」
埋め立て地の公園から見える海は、鈍色で青くは無いけれどそれなりに美しい。
ヨットの白い帆が翻るのが鮮やかだったし、波を切り裂いて行くモーターボートの姿は目に心地良い。
「でもやっぱ、なんか違うよなあ」
自分でここに連れて来たくせに進藤は微妙な顔をしてぼくに肩をすくめてみせた。
「だったらもっと早起きして千葉でも茨城でも湘南でも泳げるような所に行けば良かったじゃないか」
「それはそうなんだけどさ、そこまで気合い入れるのもなんか違うって言うか」
日の当たる海辺のベンチで二人並んで座ってペットボトルのお茶を飲む。
進藤はいつも炭酸飲料を好んで飲むがあまりに暑いと人は甘みの無いものを欲しくなるようだった。
「んー、なんか上手く言えないんだけど、夕べおまえと目一杯えっちして、それでごろごろ朝方までベッドで過ごして、それからじゃあ行くかで行けるような海に来たかったって言うか」
「なんだそれは」
我が儘だなと思う。
世間一般は夏休みに入ったようだったけれど、ぼく達には当然そんなものは無くて、お盆休みというものも無い。
棋戦とイベントの合間に辛うじて一日二日休日があるくらいで、だから行きたくても遠くの海までは行けないのだ。
「それでもなんか海が見たかったんだよな」
夏だしという言葉に小さく笑う。
確かにもう七月も後半だし、日差しは焼け付くように暑い。気がつけば蝉も鳴き出しているし、今満喫しなければいつの間にか夏が通り過ぎてしまうような気がするのだ。
「いいじゃないか、この海でも。海は海だし、防波堤の向こうではあんなにたくさんの人が釣りをしているし」
自分達がその景色に混ざらなくても充分に夏の海を満喫していると思うのだ。
「防波堤の上でもゆっくりと歩いて散歩して、それから何か夏らしい物でも食べに行こうか」
「かき氷とか?」
「ホットドッグの屋台も向こうにあったよ」
それで足りないならお台場に場所を移してちゃんとした物を食べてもいい。
「そうだなあ、折角来たんだしもっと夏を攻めないとダメだよなあ」
うんと伸びをして進藤はベンチから立ち上がるとぼくに向かって手を差し出した。
「何?」
「何って、散歩するんだろう。手ぇ繋いで防波堤の上をのんびり海でも眺めながら歩いて」
「手を繋いでなんて言った覚えは無いけれど」
「いいじゃん、夏だし」
みんなあっちこっちでいちゃこらしているんだからと進藤が言った丁度その時に目の前のサイクリングロードを二人乗り自転車に乗ったカップルが走って行った。
はしゃいだその声に思わず苦笑のように笑ってしまう。
「そうだね、夏だし」
少しくらいバカなことをしても構わないだろうと差し出された手に自分の手を重ねてぼくもまたベンチから立ち上がった。
焦げ付くような日差しの下、一メートルほどの幅の防波堤の上を二人で歩く。
遠く見える水平線の先に思いを馳せながら、しっかりと繋いだ手はすぐにじんわりと汗をかいた。
でも離さない。
青くも無く、泳ぐことも出来ない東京湾の海。今居る公園もゴミを埋め立てて出来た偽りの島だけれど、でもそれでいいと思った。
その方がきっとぼく達にはよく似合っていると思いながら、ぼくは少し先を歩く進藤の背中を愛おしく見つめたのだった。
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ということで、海の日SSです。
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