塔矢アキラのカバンの中身が面白いと、ある時棋院で話題になった。
雑誌の取材中、ふと思いついた記者にせがまれ、テーブルの上に並べた中にメロンパンとカレーパンがあったからだ。
「お好きなんですか?」
「いえ、特には」
素っ気無い返事に、では何故入っているのだとは記者は尋ねず、けれどそれはばっちり写真入りで雑誌に紹介されたのだった。
以来、アキラは出先でパンを出されることが多くなった。
無類のパン好きと認定されてしまったからである。
その日も指導碁先で茶菓子は煎餅だったのでほっとしていたら、帰り際に紙袋を手渡された。
「塔矢先生はパンがお好きとのことですので。近所の小さな店ですが中々美味いパンを焼くんですよ」
禿頭の老人に、にこにこと渡されてアキラは微笑んで受け取ったけれど内心は困ったなと思っていた。
同じような経緯で貰ったパンが食べきれずに冷凍庫の中にぎっしりと詰まっていたからだ。
「ありがとうございます。でもどうかお気を遣われませんように」
紙袋の中からは香ばしい香りが立ち上る。確かに美味いパンなのだろう。
(でもぼくはご飯の方が好きなんだ)
仕方無く朝食時や休日などに食べているけれど、実際はアキラはご飯党だったので閉口していた。
だったら何故カバンにパンを入れていたのか。
それはヒカルのためだった。
甚だ燃費の悪いタイプのヒカルはすぐにお腹が減ってしまい、減ると機嫌が悪くなるのだ。それだけならまだしも身動きも取れなくなってしまう。
そのためにいつ頃からかアキラは荷物の中にパンを忍ばせるようになったのだった。
握り飯で無いのは必ずそういうシチュエーションになるとは限らないからで、パンなら次にも持ち越せるからだ。
夏場にも傷むことが無く安心して持ち歩けるし、便利なことこの上無い。
その上ヒカルはそこらのスーパーで百円前後で売っているようなチープな総菜パンや菓子パンが好きで、ベーカリーなどで売っている物はあまり好きでは無かった。
だから経済的にも全く負担にはなっていなかったのだが、記事を見た人々は仮にもタイトルホルダーがそんな駄菓子のようなパンを食べているのは許せないと思ったらしくせっせと高いパンを貢いでくれるので溜まってしまう一方なのだった。
「だったら今度はカバンの中にステーキ肉でも入れておけばいいじゃん」
全ての元凶であるヒカルはアキラがため息をつきつつパンの袋を持て余しているのに笑って言った。
「それかマグロ。大トロの寿司でも入れておけば次からは絶対それが来るから」
肉やトロならおれも好きだし協力するよと悪びれなく言うのでアキラはヒカルを殴りたくなった。
「キミね、大体だれのせいで…」
「だったら別に持って歩かなくてもいいのに」
「そんなこと言って、キミはお腹が空くとダメになってしまうじゃないか」
「おまえが言う程非道くは無いと思うけどなあ」
嘯きながらヒカルはアキラにはいと手を出した。
「なんだ?」
「腹減った。今日は何パン持ってんの?」
アキラは今日もしっかりとカバンを提げている。
「―――クリームパンだ」
ため息をつきながらそう言うと、ヒカルはぱっと嬉しそうな顔になった。
「やった! おれクリームパン好き。それともう一つくらいは持ってるんだろう?」
「コロッケパン。でもキミ、どうせ食べるなら今日頂いたこっちのベーカリーのパンの方を食べてくれないか?」
「やだね。そういうパンて変に固いし雑穀やら何やら入ってるんでおれ苦手なんだよ」
そしてアキラの手渡したスーパーで買ったごく普通のパンをビニールを破いて嬉しそうに食べ始める。
「まったく…」
キミのおかげでぼくはもうずっと朝食にご飯が食べられないと、そう思いながらもアキラは明日は何パンを買って来ようかとヒカルを眺めながら考えたのだった。
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塔矢家の冷凍庫パン貯金が増える一方です。ヒカルも責任取ってちょっと食べてやればいいのにと思います。
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