SS‐DIARY

2014年06月15日(日) (SS)懊悩と瓦解


進藤父は悩んでいた。

長年営業職を務めて来たこともあり、コミュニケーション力というものに多少は自信を持っていたのだが今回ばかりはどうすれば良いかわからなかったからだ。

「あの…」

声をかけるとちらりと視線が向けられる。

「きょ…今日は良い天気で良かったですねえ」

「そうですな」

座っているだけで圧するような雰囲気がある。

一人息子のヒカルが結婚した相手の父親は自分とそう年は変わらないはずなのに社の会長並の威厳があった。

そもそもどうして息子婿の父と二人きりで顔突き合わせることになったかというと父の日のせいだった。

日頃の感謝を込めて両家で食事会をと、息子達の気配りは嬉しかったし、縁あって親戚になったのだから親しくなりたいとも思っていた。

しかし都会のど真ん中の高層ビルの中にある中華料理店で皆で和気藹々と食事をしたまでは良かったのだが、その後茶でもということになった時、妻は相手の奥方と途中で雑貨の店に引っかかってしまった。

「すみません。すぐに行きますから、皆さんで先に行って席を取っておいていただけます?」

「あなたすみません。私進藤さんとちょっとここを見てから行きますね」

女同士ということで普段から電話のやり取りもしているという二人は仲の良い女友達然として楽しそうに店に消えて行き、後には男ばかり四人が残された。

と、唐突に息子であるヒカルがその隣にあるブランドショップを見て言ったのだった。

「あ、あのシャツちょっとイイと思わねえ?」

そこにはいかにも息子が好きそうな大柄の派手なシャツがかかっていた。

「キミに似合うとは思うけど、サイズはどうかな。ちょっと試着させて貰う?」

「そうだな。ってことで父さんと先生すみません、おれらちょっとあそこで買い物してから行きますんで」

二人で先に行っていて下さいと息子二人はさっさとそちらに行ってしまった。

そして父親同士残されて進藤父はいきなり困ってしまったのだった。

今までは妻や息子達を含めて大勢での会話しかしてこなかったので気にならなかったのだが、二人きりになるとこの相手方の父親は話しかけにくいことこの上無かったからだ。

「そ、それじゃ先に行っていることにしましょうか」

必要以上にへこへことなりながら取りあえず予定していた店に行く。

予約はしていなかったが運良く人数分の席は空いており、見晴らしの良い窓際の席に案内されたまでは良かったのだがその後がいけない。

面と向かった時、何を話したら良いのか全くわからなくなってしまったからだ。

賑やかな周囲のテーブルとは反対に、重苦しい沈黙がテーブルの上を支配する。

(まあ、でもすぐに美津子達も来るだろうし)

気楽に考えて十分、二十分。

三十分経っても来ないに至って進藤父は沈黙の重さと何か話さなくてはいけないというプレッシャーに逃げ出したいような気分になった。

何しろ相手は囲碁界の重鎮で『先生』と呼ばれる存在である。対するに自分は一介のしがないサラリーマンに過ぎず囲碁にも全く明るくは無い。

所謂お屋敷町と呼ばれる所に広大な家を構えている資産家でもあるらしいし、海外での暮らしも長いという。

どう考えても共通の話題というものが見いだせないのだ。

その上、外見からして相手方の父は違った。この蒸し暑い中きっちりと和服を着こなして汗一つその顔には浮いていない。

厳しい眼光は百戦錬磨という言葉がぴったりで、いよいよ何を話せば良いのかわからなくなって来る。

(ヒカルもアキラくんも何をしているんだ。それに美津子! 向こうの奥さんと一体そんなに何をゆっくり見ているんだ)

取りあえずで頼んだ茶を飲み干して、それでもまだ誰も来ないという状況に進藤父は心の中で少なくとも百回以上、妻と息子達に助けを求めた。

と、今まで話しかけたことに答えるのみだった相手の父、塔矢行洋氏がヒカルの父を見て言ったのだった。

「ヒカルくんに聞きましたが、進藤さんは営業職が長いとか」

「は? え、ええ、はいっ」

先生に指名された生徒の如く背筋を伸ばして答えてしまう。

「それでは若い方達と話す機会も多いでしょうな」

「はあ…まあそうですねえ」

確かに他の部署よりも新人が多く配属されているとは思う。

「でしたらぜひご教授願いたいのですが」

改めたように向き直られて進藤父はぎょっとした。

「は? な、なんですか?」

「“推しメン”とは一体どういうものなのか」

恥ずかしながらと和服姿の相手父は苦笑のような笑顔を見せた。

「私は昔から囲碁一筋で世間のことには全く疎くて。最近若い人達と話をしていると、この言葉がしばしば出て来るのですがさっぱり何のことかわからんのですよ」

かと言って尋ねるのは無知を晒すようで恥ずかしい。

「何しろ誰もが知っていて当たり前の言葉のようですからな」

気軽に皆、『先生の推しメンは誰ですか?』などと聞いて来るらしい。

「家の息子も似たタイプなので頼りにはなりませんし、何やら女性に関係する言葉らしいので妻にも聞けない。ヒカルくんならよく知っていそうですが、何しろ彼は子どもの頃から私のことを棋士として尊敬してくれているようなので、やはりこんなことは聞けんのですよ」

なので今回進藤さんとお会い出来ると知って渡りに舟と思っていたと言われて進藤父は目を丸くした。

「いや…そんな私は特には…」
「進藤さんもご存知では無い?」

がっかりしたような顔になるのを慌てて言葉を足す。

「いや、解ります。解ります。“推しメン”くらいは私にも―」

その途端ぱっと相手父の厳つい顔に微笑みが広がった。

「良かった。いや、お聞きしようと決めたくせに、こんなことも知らないのかと笑われそうで口に出すまでかなり勇気がいったのですよ。…それではよろしくお願いいたします」

深々と頭を下げられて進藤父は呆気に取られ、同時に今まで抱いていた相手父へのイメージが変わるのを感じていた。

取っ付きにくく堅苦しい。別の世界の人だと思ってしまっていたが―。

(仲良くなれそうな気がする)

いや、ぜひこの人と仲良くなりたいと思いながら進藤父はにっこりと笑い、営業で鍛えたその口で尋ねられたことの説明を始めたのだった。


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異色の父×父話。(ノーカップリング)

二人で仲良くなって、双方の妻に内緒で握手会とか行けばいいよ。


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