SS‐DIARY

2014年06月13日(金) (SS)相互作用2


等々力という若手が少々やんちゃである。それはヒカルも伝え聞いていた。

何度か実際に見かけたこともあり、確かにイイ面構えをした野郎だなあと苦笑したりもした。

けれどヒカルは基本的に碁打ちは碁が強ければ他はどうでもいいというスタンスで、だから他の者よりは等々力に対して寛容だった。

自分のことを大したことが無いと陰口を叩いていると聞いた時も、そういうことを言うならば碁で勝ってからにしろと思うだけでさほど気にもとめなかった。

ヒカル自身、行儀作法や服装などで散々説教された身であったのと、生意気だと随分叩かれた経験から外側から判断したくないという気持ちがあったのかもしれない。

けれどある時打ち掛けから戻って来て、その等々力が居残っていた他の若手ととっくみあいの喧嘩をしているのを見てさすがに顔色を変えた。

「お前ら何やってんだ!」

「うるせえ!!」

怒鳴り返したのは等々力で、相手に対して拳を振り上げながらヒカルをギンと睨み付けた。

「あんたにゃ関係無いだろっ! 無関係なのがしゃしゃり出てくんなド
アホ!」

先輩棋士に対してのあまりの言動に周囲は色めきだち、ヒカルもはっきりと表情を険しくした。

「どういう口のきき方してんだ、てめえ!」

正に売られた喧嘩は買うが如く大声で等々力を怒鳴りつけると、ヒカルは一気に詰め寄って等々力の腕をねじり上げた。

「こんなクソ狭い所で掴み合いなんかやりやがって! ペットボトルが倒れて中身が下にこぼれちゃってるだろーが!」

は? という空気が辺りに広がった。

「無糖ならまだしも、ミルクたっぷりコーヒーなんかこぼしやがって! 早く拭かねーと畳の目に染みこんで取れなくなるぞ!!」

しかもこういう物は余程しっかり拭かないと、後でベタベタして腐った雑巾みたいな匂いがするんだとねじり上げた手に無理矢理ティッシュを持たせて等々力に畳を拭かせる。

「それにおまえバカか? どうして皮のジャケットなんて着たまま取っ組み合いしてんだよ。皺寄るし傷がつくし一つもいいこと無いっての!」

喧嘩するなら脱いでからやれと、呆気に取られる等々力の体からジャケットをはぎ取ると形を整えてハンガーにかけてしまった。

「そしておまえもおまえだ、どうしてメシ食ってる途中でこのバカと喧嘩なんか始めるんだ」

ヒカルの追求は等々力の相手にも及んだ。

「え、いや…でも、等々力がいきなり…」

「店屋もの頼んで半分も食って無いなんて、お店の人に土下座して謝れ!」

怒鳴りながらヒカルは荒れた室内をてきぱきと綺麗に片付けてしまう。そうしてから改めて喧嘩していた二人を睨み付けた。

「大体なんでおまえら拳なんか使ってんだ。棋士なら棋士らしく正々堂々碁で勝負しやがれバカ野郎!」

叩きつけられた言葉に場はしーんと静まりかえった。

いつもなら食ってかかってくるはずの等々力もすっかり毒気を抜かれたように黙って畳の染みを拭き続け、相手もまたぽかんとした顔で放置していた店屋ものの続きを食べ始めた。

後に等々力は友人達に、『わけがわからないけれど、何故か妙に恐ろしくて従わざるを得なかった』とこの一件の感想を漏らし、以来ヒカルに対して従順になった。

生意気なのは変わらなかったが、ある程度は人の意見や注意も聞くようになったのである。

等々力に手を焼いていた棋院のお偉いさん達はほっと安堵の息をこぼし、乱れていた若手の空気も落ち着いた。

しかし最大の功労者であるヒカルはこの日以来「おまえ塔矢によく躾けられてんなあ」と皆に感心したように言われるようになり、大層クサることになったのだった。


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アキラはヒカルの影響を受けて変わり、ヒカルもまたアキラの影響を受けて変わっていたという話のはずだったのが、何故かアキラの躾が徹底しているという話になりました。変だなあ…。


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しょうこ [HOMEPAGE]