| 2014年06月10日(火) |
(SS)もっけの幸い |
「キミ、ぼくと結婚したいんだって?」
棋院の六階、エレベーター横の自販機で飲み物を買おうとしていたヒカルは背後から声をかけられてビクっと肩を持ち上げた。
「なんだよ、誰に聞いたんだよ」
「誰って…みんな言ってるよ。キミがぼくと結婚したがっているって」
振り向いた先に立っていたのはアキラで、ヒカルは昨夜の飲み会の席で酔っぱらって軽くなった口で、ついアキラと結婚したいと言ってしまっていたのだった。
『もう好き♪ 大好き♪ 出来るならおれあいつと結婚したい♪』
思い出すだけでヒカルは昨夜の自分を本気で殺したくなったけれど言ってしまったことは戻らない。
幸い居合わせた者達はそれを本気とは思わず、酔った上でのふざけた冗談として受け止めたようで、大笑いに笑った後漏れなくその場でLINEとツイッターに上げたのだった。
(くっそ、呪われろ和谷、それに冴木さんと門脇さんと後えーと…)
遅かれ早かれアキラの耳にも入るだろうと覚悟はしていたのだけれど、実際にこうして来られると心臓への負担が半端無い。
「それで、あれはキミのいつもの冗談なのか? それとも本気で言ったことなのか?」
怒鳴られるならともかく、静かな口調なのが恐ろしい。
「本気だよ、悪かったな! 本気でおまえと結婚したいと思ってるよ!」
もうどうにでもなれとやけくそ半分に言うと、アキラはふうんと呟いた。
「いいよ」
「え?」
「ぼくは別に構わない」
キミと結婚してもいいよと、そしてふわりと微笑むと呆気に取られたヒカルを残して階段に向かって歩いて行った。
「ごめん、これから上で雑誌の取材なんだ。でも返事だけはしておきたくて」
「え…あ、………うん、またな」
半ば呆然としたままヒカルはアキラを見送った。
惰性のように買いかけていたコーラを自販機で買って、取り出し口から取り出した所で唐突にその動きが止まる。
「―――――――――え?」
麻痺していた感覚が一気に熱を持って蘇った。
(今のって、今のって、今のって)
「ちょっと待て、今のもう一度言って行けーーーーーっ!」
我に返ったヒカルが怒鳴った時、当然ながらアキラの姿はとうになく、空しく声だけが辺りに響き渡ったのだった。
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「結婚して!」に「いいよ」とさらりと答えるアキラもいいなあと思います。
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