| 2014年05月18日(日) |
(SS)しょんもりアキラと食いしん坊ヒカル |
その日、碁会所で出されたおやつがヒカルだけメロンパンだった。
常連客含めその場に居た全員に市河さんは行列に並んで買って来たという有名店のケーキを出したのに、自分の前にはぽそっとごく普通のメロンパンを置かれてヒカルは逆上した。
「え? なんでおれだけ???? もしかしてこれってイジメ???」
おれもみんなと同じケーキがいいようと駄々っ子のように訴えるのを少し離れた席に居た北島が諫める。
「進藤、きさまぁ! メロンパンの何が気にくわないってんだ」
「ああ? だってみんな高そうなケーキ食ってんじゃん。おれだってそっちの美味そうなのが食べたいって」
「この罰当たりが! そもそもきさまがなあ」
言いかけるのをヒカルの目の前に居たアキラがやんわりと止める。
「いいんだ北島さん。進藤、ぼくのケーキと取り替えてあげるから、キミ、食べるといいよ」
「マジ? 本当? 塔矢優しい!」
いそいそと取り替えようとメロンパンを手にした時、ヒカルはアキラが少し寂しそうな顔をしていることに気がついた。
(なんだよ、塔矢もやっぱりケーキの方がいいんじゃん。そもそもおれが来ることは先週言ってて解ってるのにどうして市河さんも人数分買って来ないんだよ)
決まり悪く胸の中で呟いた時、ふっとヒカルはその先週、自分がアキラと打っている時交わした会話を思い出した。
『あー腹減った、あーメロンパンが死ぬ程食いてぇ』
『どうしてメロンパン?』
『おれパンの中でメロンパンがいっっっっちばん好きなんだよ。あの周りのさくさくした所が甘くて美味いじゃん』
『ぼくは甘く無い方が好きだけど』
『おれは甘いのが大好きなの! 特におまえとこーやって頭絞って打った後はのーみそが甘いもん欲しがるから』
けれど急に言われてもメロンパンなど出て来ない。頂き物の饅頭で我慢しろとアキラに宥められたのだけれど、もしかしなくてもあの会話をアキラは忘れなかったのではないか。
そして一週間後の今日、ちゃんと用意してくれていたのだとしたらさっきの寂しそうな顔の意味も解る。
「ほら、進藤」
促されて我に返ったヒカルは思い切り首を横にぶんぶんと振った。
「ケーキと替えてあげるから」
「いい、やっぱいい!」
きょとんとするアキラの目の前から奪われまいとメロンパンを自分の元に引き寄せるとヒカルは言った。
「おれ、好きなんだよ。めっちゃ食いたかったんだよ、メロンパン」
だから悪いけど取り替えてなんかやれないからと一気に言ったら塔矢はびっくりしたような顔になって、それから笑った。
美しい花がほころぶような、明るい嬉しそうな笑みだった。
「そう? ぼくはどちらでもいいんだけど」
良いわけ無い、さっき泣きそうな顔してたじゃんかと胸の中で呟きながらヒカルはビニールを破るとさっさとメロンパンを取り出して大口開けてかじりついた。
「おい進藤、折角のメロンパン様をもっと味わって食いやがれ」
「いいんだよ。こんなのどーせ百円くらいしかしないじゃん」
でも塔矢がわざわざ買ってくれた。
自分のために買って用意してくれたのだと、そう思うと元々甘いメロンパンがヒカルは喉に詰まる程甘く感じられて、慌てて市河さんにお茶を頼むはめになったのだった。
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次の週にはメロンパンが二個に増殖します。
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