| 2014年05月13日(火) |
(SS)ある意味母の日SS |
5月だというのに夏のような暑さだった。
出掛ける前夏物のスーツにするか迷ったヒカルは、幾ら何でも早かろうと色味が気に入っている冬物のままで行って後悔した。
照りつける日差しと蒸し暑い空気にあっという間に汗だくになってしまったからだ。
建物の中や電車の中は冷房が効いていて涼しかったが、1日の予定をこなして帰る頃にはべたべたとした肌にすっかり閉口してしまっていた。
「ただいまっ!」
帰るなり速攻でバスルームに向かって、そのまま勢いよくシャワーを浴びる。
いつもならアキラが出迎えに来てくれるまで待ち、ぎゅっと抱きしめて散々キスをしてからで無ければ上がらないのだが、こんな汗臭い体でアキラに触れることなんて出来ないと思ったのだ。
「塔矢ー、おれの着替え持って来て」
ドア越しにリビングに叫ぶ。
くぐもった声が何か尋ね返していたようだが、水音でよく聞こえなかったのでヒカルはただ同じことを繰り返した。
「だから着替えだって! おれの着替え持って来てって」
髪も洗い、全身さっぱりした所できゅっとシャワーの栓を閉めてバスルームから出る。
バスタオルで体を拭いて、さて着替えてと思ったら何故かまだ着替えが用意されていない。
少しばかりムッとして、ヒカルは再び声を張り上げてアキラに言った。
「塔矢、おれのパンツ持って来てってば!」
その瞬間、がらりと音がしてヒカルの目の前で脱衣所のドアが開いた。
「ごめんなさい、進藤さんのがどれかよくわからなくて…これで良かったかしら?」
そこに立っていたのはアキラでは無くてアキラの母の明子だった。
「え?………は? お義母サン、何で…」
「頂き物があったからちょっと寄らせて戴いたの。アキラさんは何か足りないものがあるってさっき近くのお店に行って…進藤さん勘違いしてらっしゃるの解ったんだけど、私も『塔矢』だから構わないかなって」
にっこりとおだやかに語られて下着を差し出されてヒカルは顔面蒼白になった。
「あの……す」
スミマセンでしたと言いかけた時、自分が前を全く隠していなかったことに今更ながらに気がついてヒカルは乙女のような悲鳴を上げた。
それはまるで俗に言う、絹を引き裂くような悲鳴だったとタイミングよく帰って来たアキラにヒカルは散々からかわれた。
「だっておまえだと思ったから」
「うん。でも希にこういうこともあるかもしれないんだからこれからは『確認』ということも覚えた方がいいよ」
涙を流して笑いながら、けれどアキラは萎れたヒカルがあまりに可哀想だったので、以後脱衣所に下着の替えも常に置くようにしてやったのだった。
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今頃ですが、今年の母の日に考えていたのがこの話でした。 なんというか、ものすごく気を抜いてアキラにするように接していたら母親の方だったみたいなのを書きたかったんですよね。
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