| 2014年03月21日(金) |
(SS)愛ってヤツは |
迂闊にも寝過ごして昼近くに目を覚ました。
まだぼんやりしている頭でリビングに行くとちょうど進藤が出掛けようとしている所で、ああそういえば今日は指導碁が入っていたのだっけと思い出す。
「あ、起きたんだ。食欲あるか? あるならベーグルサンド作っておいたから食って」
コーヒーもポットに入れてあるからと言いながらにこにことぼくの側に寄って来る。
「なんだ? さっさと行けばいいだろう」
「いや、寝起きのおまえっていつもより更に綺麗で可愛いなって思ってさ」
ホントおれって幸せ者だとぼくを抱きしめてキスをした。
「…時間、遅れるぞ」
「冷たいなあ。まあでも続きは帰って来てからってことで」
今日は何もせずにゆっくり家で休んでいろよと慌ただしく更に二、三度キスをしてから進藤は家を出て行った。
(まったく朝から騒々しい)
思ってから、そうだもう『朝』では無いのだと苦笑した。
「それでも、毎日顔を突き合わせているのに綺麗だの可愛いだの」
彼の目はどうかしているのではないかとしみじみと思った。
それでも食事を作っていってくれたことは素直に有り難く、目覚ましを兼ねて食べさせて貰おうかなとテーブルに着いた。
そこではっと昨夜は風呂に入っていないことを思い出し手を洗うために洗面所に行った。
まだ半分眠りながら手を洗い、顔を上げてぎょっとする。
「…嘘つきめ」
鏡に映るぼくの顔は綺麗どころか疲労が色濃く滲んでいて非道い有様だったのだ。
目の下にはクマがあるし、髪は有り得ない寝癖になっているし、何より表情が最悪でやぶにらみのようになっていた。
それを見て進藤はあんなに嬉しそうに『綺麗だ』『可愛い』と言い放ったのだ。
「まったく…」
魂を削る棋聖戦の後取材などを受けて帰ったのが昨日の夜で、勝ちはしたもののぼくは体力的にも精神的にも限界で、進藤とろくに話もしないまま沈むようにベッドに伏せて眠ってしまった。
そして今の今まで寝汚く眠っていたというわけなのだが、ここまで非道い面相になっているとは自分では思いもしなかった。
「こんな顔…鬼でも逃げる」
それでも綺麗だと言える彼は天性の嘘つきか本当に目がどうかしているんだろう。
にっこりと笑う嬉しそうな顔。
容赦無い程強い愛情の籠もった温かい腕。
何よりキスはとろける程に甘かった。
鏡の中の自分の非道い顔を見つめながら、ぼくは彼の目がどうかしていて本当に良かったと思ったのだった。
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