| 2013年08月03日(土) |
(SS)そんな事後2 |
最初は決して本気じゃ無かった。
いつものように休日に会って、いつものように打っていて、ふとした折に顔を見たらあまりに真剣におれのことを見ているので、ついからかってみたくなったのだ。
「おまえ、おれのこと好きだろう」
塔矢の第一声は「は?」で、さも呆れたような顔になり、それからため息まじりに言いやがった。
「ぼくが嫌いな人間とこうして差し向かいで座っていられるとでも?」
木で鼻をくくったような物言いはいつも通りだったし、それくらいではムカつかなくなる程には長い付き合いだったけれど、その時は何故か非道く腹が立った。
「だったらおまえのこと抱かせてよ」
思わずそう言ってしまったのは、塔矢が驚くだろうと思ったからだ。そして間違い無く動揺する。その顔を見たかった。
「嫌いじゃ無いんだったらいいだろう」
迫ったら塔矢は眉を深く寄せ「一体キミは何を考えてるんだ」と言った。
「おまえのこと、そしておまえをどうしようかってことだけ考えてる」
「熱でもあるんじゃないのか。冗談にしてもたちが悪い」
「冗談じゃ無いよ、おれ、おまえのこと好きだから」
そう言った瞬間、塔矢はぽかんとおれを見た。
鳩が豆を食らったようなというのは、こういう顔を言うんだろうなというような、本当に驚いた顔だった。
この時にもしかしたらおれは本気になってしまったのかもしれない。
「そんな…こと…言われても」
「もし嫌だったら何もしない。でもはっきり言葉に出して嫌だって言わなければそれはOKだって受け取るからな」
ずいっと顔を近づけると、塔矢はすっと目を逸らした。
「ぼくは…でも…」
「嫌なんだったらはっきり言えって」
びしりと言ったら塔矢は黙った。黙って下を向いてしまった。
「ん、じゃあいいんだな」
俯いた項は動かない。前髪が顔を隠して表情が見えないけれど、おれはそれを承諾ということにしていきなりあいつを突き倒した。
その瞬間見えた塔矢の顔。
大きく目を見開いて、頼りない子どもみたいな風情だった。
それがおれの嗜虐心を煽った。そこまでするつもりは無かったのに、気がついたら無理矢理口づけて、そのまま体に馬乗りになっていた。
『進藤』
一度だけ、かすれるような声で塔矢がおれを呼んだような気がする。
でもおれは答えなかったし、愛撫する手を止めようともしなかった。否、止められなかったのだ。
いつか、叶ったらしてみたい。許されるなら触れてみたいと思っていた塔矢におれはこんな風に成り行きで、自身を深く埋め込んでしまったのだった。
何回果てたか解らなくて、気絶するように眠ってしまって、目覚めたら塔矢の姿は消えていた。
「とっ―!」
見回せば、おれが脱がせて放り投げた服も綺麗に無くなっている。
(出て行ったんだ)
そう思った瞬間に顔から血の気が一度に引いた。
(どうしよう)
衝動的に最後までヤッってしまったけれど、塔矢はそれに傷ついたに違い無い。
確かに夕べ、あいつは言葉に出しては断らなかったけれど、あんな風にいきなり迫られてどう答えて良いのかわからなかったんだろうことは容易に想像がつく。なのにおれは返事が無いのをいいことに無理矢理推し進めてしまったのだ。
(だっておれ、マジであいつのこと好きだったから)
どこかで冗談だと笑ってしまえば良かったのかもしれない。それか塔矢が本気で抵抗してくれればおれだって引くことが出来たのにと、ほとんど逆恨みのようなことも思うけれど、あの時おれは塔矢がおれを拒絶しなかったことに心の底からほっとしたのだった。
(思ったより色が白かった)
決して貧弱では無い体はすらりとして無駄が無く、同じ男なのに本当に綺麗だと思った。
(あいついい匂いしやがるし)
元々側に居ることが多かったからほんのりとした肌の香りは知っていたけれど、服を剥いで触れた生の肌があんなにも甘い香りがするとは知らなかった。
甘ったるいということでは無い。自分にとって『甘い』のだ。
舌を這わせ肌の表を啄みながら、間近で嗅ぐ肌の香に何度も気が遠くなりそうになった。
(それに声)
あいつあんな声で啼くんだなあと、思い出すだけでその色っぽさにぞくりとする。
目の端にはうっすらと涙を浮かべていた。震える手で自分の背中にしがみついていた。
思い出す一つ一つが全て痺れる程に良かった。
(おれ、本当の本当にこいつのこと好きなんだなあ…)
しみじみと思いながら眠りについた。目が覚めたらもう一度、ちゃんと気持ちを伝えようと思っていたのに。
「待ってるわけ無いよなあ」
ぽっかりと開いたベッドの隣が無性に切ない。
塔矢にとってたぶんおれは間違いなく強姦魔だ。友情を裏切った人でなしとも思っていることだろう。
「とにかく謝らないと」
携帯を取り出して電話をかけてみるが塔矢は自分の携帯の電源を切っていた。
「…デスよねー」
これは本気で怒っているのだと、そう思ったら真っ暗な気持ちになった。
「メール…メールも拒否られてるかもしれないけど」
それでもこのまま謝ることも出来ずに終わるのは嫌で、必死で何通もメールを送った。
有り難いことに戻って来ることは無く、塔矢がおれを着信拒否にまではしていないことがわかった。
(でも、もしかしたら名前も見たくなくて放置してあるだけかもしれないし)
考えれば考えるほど悪いことしか思いつかなくて、おれは泣きたいような気持ちで携帯を見詰めた。
「なんでおれ…あんなことやっちゃったかなあ……」
今更後悔してもどうにもならない。
やってしまったことは取り消せないし、塔矢との関係ももう元には戻れない。
(今頃あいつ、どこで何をやってんだろう)
打ちひしがれているんだろうか? それとも怒り狂っておれへの罵倒でも考えているんだろうか?
(あいつだったら絶対後の方だよなあ)
それとももしかしたら、未だに困惑しているのかもしれない。
おれは帰って来ないメールの返事を待つよりも、直接塔矢を探しに行こうと決めて服を着替えた。
抜け出してから改めて見るとベッドは寝乱れて生々しく、シーツの上には昨夜の痕跡が残っていた。
「痛かったよなあ……」
そういうふうに出来ていないものを無理矢理に挿れたのだから、あいつは相当キツかっただろう。
(もう一回やらせてなんて死んでも絶対言わないけど)
それでもおれのことを好きになって欲しいと思った。
トモダチじゃなくて、ライバルじゃなくて、おれがあいつのことを好きなようにあいつにもおれのことを好きになって欲しい。
(だから)
ぶん殴られて罵られても謝り倒して許して貰わなければ―。
「取りあえず、駅前かな」
確かカフェがあったのでは無かったか。そう思った時、脳裏に憂鬱そうな顔でコーヒーか何かを飲んでいる塔矢の姿が浮かんだ。
「…よっし」
代償は前歯か奥歯の二、三本。
でもそれで許して貰えるなら更に数本失っても惜しくは無いと思った。
(待ってろよぉ)
今すぐ殴られに行ってやるからと呟くと、おれは叩きつけるようにドアを閉め、駅に向かって走り出したのだった。
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おれ様ですが、アキラに対してはいつでもチキンです。
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