「居るけれど、キミには教えない」
進藤と会って話しているうちに、好きな人が居るか居ないかという話になった。
打つ合間のほんの一時のなんということも無い戯れ言、気にするまでも無いはずなのに、進藤はやけにそれに食いついた。
「居るの? 誰だよ」
間に挟まる碁盤を避けて、ぐいと迫るように聞いてきたので思わず顔を背けてしまった。
「誰って、別に誰でも構わないだろう」
突っぱねたのは、他でも無いその『好きな人』が目の前に居る進藤だったからで、ぼくはもうかなり長い間、彼をそういう意味で好きだった。
「構うよ、教えろよ」
しかし進藤は引き下がらない。
どうしてそんなに知りたがるのだと思うほどにぐいぐいとぼくに迫って来るので閉口した。
「…い、嫌だよ、どうしてキミに教えなければならないんだ」
「どうしてって、どうしても!」
進藤に理屈は通じない、知りたいのだから教えろと居丈高に言うものだからこちらもムッとして怒鳴り返す。
「キミにだけは絶対死んでも教えない!」
その瞬間、どんと床に突き倒された。
畳に頭を打ち付けて痛みに目をしばたかせていると、視界を塞ぐように進藤がぼくの上に覆い被さった。
「…そんなにおれには言いたく無いんかよ」
にこりとも笑わない、その頬は冷たく引きつれていた。
「教えろっ!」
「嫌だっ!」
「お前が好きなヤツって誰なんだよっ!」
とても最初がただの世間話だったとは思えない勢いで彼はぼくに迫り、ぼくもまた激しく彼に言い返した。
あまりの理不尽さに腹が立ち、ぎゅっと唇を引き結んだら、進藤の目が心持ち細められ、更に一層冷たい声が呟くように言った。
「…そこまで嫌かよ」
睨み付けたままの彼の顔が近づいて来て、唇がぼくの唇に重ねられる。
熱い舌が食いしばった歯をこじ開けて無理矢理中に入って来る。
「…ん」
思わず顔を顰めると進藤は一瞬怯み、けれどしばらくの間、舌でぼくの舌を弄んだ。
ようやく離れてひとこと。
「言えよ、おまえが好きなのって…誰」
ぼくは手探りで碁笥に指を入れると掴めるだけ碁石を掴んで彼の顔面に叩きつけた。
「痛っ」
バラバラと石が雨のように畳の上にこぼれる。
ぼくはその隙に彼の下から這い出すと、部屋の壁に背をつけて進藤に向かって叫んだ。
「キミは最低だ!」
ぼくはぼくの好きな人を何があっても教えない。何があってもキミにだけは教えてなんかやらないと、言いながら不覚にも涙がこぼれた。
休日。
まとわりつくような暑さの中、蝉が耳を塞ぐように鳴いている。
「…塔矢」
二人きりのぼくの部屋で進藤はその瞬間、碁石を叩きつけられた時よりももっと痛そうな顔をしたのだった。
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キスというよりは、その食いしばった口開かせて絶対好きなヤツを言わせてやるという感じです。
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