| 2013年07月04日(木) |
(SS)見守る立場からもう一歩(ヒカルside) |
何が悔しいって、背が一番悔しかった。
出会った一番最初から塔矢の方がおれより少し背が高く、それからもずっと追い越せなかった。
いつだっておれより少し高い所に居る。それはそのままおれ達の関係を表していて、碁でも恋でもあいつにおれは届かない。それが悔しくてたまらなかった。
あのクソ真面目のクソ仏頂面のクソ外面の良い、でもそれと同じくらいクソ可愛いおかっぱ頭にどうしたらおれを好きにさせられるのか解らなかった。
(まあ、でもやっぱ、取りあえず背だな)
背だけはとにかく負けたくない。あいつより高くなって、それから碁も強くなる。
隣に立っても見劣りしない面構えと、あの頑固野郎を丸ごと包み込めるくらいの大きな男にならなければと、ずっとずっと思っていた。
そして、成長しておれは念願叶ってあいつより背が高くなった。
本当は見下ろすくらいになりたかったけれど、目線が少し高いくらいの今でも大満足だ。
だって塔矢はおれがあいつを背で追い抜いたと解った時、非道く悔しそうな顔をしていたから。
『キミ…いつの間にそんなに伸びたんだ』
『さあね、牛乳飲んだし運動したし、背が伸びるってことは一通りやったから』
その副産物として、いい感じに筋肉もついて、そこそこ見られる体つきになっている。
顔は…どうなのか自分ではよく解らないけれど、客観的に見て悪い方では無いと思う。
(でも、あいつクソ美人だからなあ)
塔矢の方は背はあまり伸びなかったけれど、顔立ちの方は相変わらず整っていて、昔は可愛い感じだったのが今はぞっとするような美人になっている。
もっとも本人はその自覚が無いようだけれど。
それでもおれもそうそう悪くも無い証拠には、最近告白されることが多くなって来た。
先週も院生の女の子に告白されて、結構親しくしていた子だったので無下に断ることも出来ず、考えさせて欲しいと返事を先延ばしにしてしまった。
でも後できちんと断るつもりだった。だって背で負けていた頃からずっと、おれは塔矢が好きで、今でも変わらず大好きだったから。
「…まあ、今の所、あいつ碁以外は頭に無いみたいだからな」
それが唯一の救いだけれど、おれのことも意識して貰えていないというわけなので、正直それは有り難くない。
「あーの、クソ碁バカ」
どうしたら振り向かせられる? どうしたらあいつはおれを好きになってくれるんだろうか。
碁だってもうほとんど拮抗するまでになっているのにと鬱々と思っていたら、ある日唐突に塔矢に言われた。
「キミ、この間告白されたって聞いたけど」
「え? ああ。よく知ってんな」
いつもながらのいきなりの話題に戸惑いながら返事をすると、面白くなさそうに返された。
「和谷くん達が大声で話していたからね、嫌でも聞こえたよ。なんでもすごく可愛い子らしいじゃないか」
いやいや、おまえのがずっと可愛いデスよと心の中で思ってもさすがにそんなこと口に出しては言えない。
「んー、そうなのかな。確かに結構可愛い方だとは思うけど、でもどうしようか迷ってて」
「迷っているならやめた方がいいよ」
思いがけずきっぱりと言われておれは驚いた。塔矢はそんな風に人のプライベートに口を出すような性格では無かったからだ。
「え…なんで?」
「迷っているってことは、はっきり好きだと思えないからだろう。そんな気持ちで付き合うなんて勧められない」
「やっぱそうかな」
「うん、それで」
その後に続けられた塔矢の言葉をおれはしばらく理解出来なかった。
「キミはぼくと付き合えばいいよ」
「は…ぃ…ええぇぇぇぇぇぇっ」
「ずっと、ずっとキミのことが好きだった。だから出来るならキミにもぼくを好きになって欲しい」
真っ赤な顔で唇を噛みしめて、塔矢はおれを睨んでいる。
「…………無理かな」
ふっと視線を落とされて、か細い声で言われてぞくりとした。
うわ、可愛い。死ぬ程可愛い。ずっと可愛いと思っていたけど、更にもっとがあったなんて。
「あ……はい」
しばし呆然とした後おれは慌てて言い足した。
「えっと、うん。いいよ、解った。OK、了解」
―ありがとうと、テンパった滅茶苦茶な返事に、けれど塔矢は心底ほっとしたような顔をした。
「…良かった」
きっとダメだと思っていたからと言われて思わず言い返してしまった。
「なんでだよ! おまえに告られて断るわけなんて無いじゃん」
「そうかな」
塔矢はおれをじっと見て苦笑したように話を続けた。
「だってキミはこの数年で背も伸びてすっかり男前になってしまった。女性にも人気があるし、キミを好きだって人をぼくも何人か知っている。なのにぼくは体も貧弱だし、女顔で愛想も無い、それでどうして受け入れて貰えるって思える?」
「そんなことねーよ、おまえ可愛いし美人だし、そりゃちょっと気は強いけど、でも頭もイイし碁も強いし」
おれにとってはずっと高嶺の花だったと言ったら塔矢は可笑しそうに小さく笑った。
「ぼくが? ぼくにとってはずっとキミが手の届かない花のような存在だったけれど」
それでも告白してしまったのは、先週告白した院生の子がかなり本気だと知ったからなのだと言う。
「命がけだと言っていたって、和谷くん達は笑って話していたけれど、ぼくは笑えなかった。キミだって可愛い女性は嫌いじゃ無いからそこまでの気持ちで迫られたらその人を好きになってしまうかもしれないって」
それでなけなしの勇気を振り絞ってみたのだと塔矢は言っておれを見詰めた。
「もう一度聞くけど、本当にキミはこんなぼくで良いのか? きっとキミの周りにはキミを好きな可愛くて綺麗な女性がたくさん居ると思うけれど?」
その人達との可能性を捨てて、こんな可愛くも無い、しかも男のぼくと付き合ってくれるのかと尋ねられて思わずキレてしまった。
「さっきからどうしてそうネガティブなことばっか言うんだよ。おれはずっとお前が好きなんだってば!」
おまえに振り向いて欲しくて、おまえに釣り合う男になりたくて頑張って背も伸ばしたし、体も鍛えて碁も必死でやってきたのにと、おれの言った言葉に塔矢は黙った。
「なのにどうしてそう自分を卑下したようなことばっか言うんだよ。おれがそんなつまんないもののために一生懸命になるとでも思うのかよ」
「だってキミは本当にイイ男になってしまったから」
「おまえだってもの凄いイイ男だよ! ずっとガキの頃から見守って来たおれが言うんだから間違い無い!」
ほとんど怒鳴るように言って口を噤むと塔矢はものすごくびっくりした顔をして、しばし何も言わなかった。
おれが不安になるほど黙った後、いきなりふんわりと緊張が解けたかのように笑って言った。
「ぼくはずっとキミを見守って来たつもりだったけれど…そうか、キミもぼくを見守っていたのか」
知らなかったよと、呟くような声は、しかしとても嬉しそうで、その後におれを見詰めたその顔には控えめな誇らしさが浮かんでいたのだった。
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拍手SS「頑張りやな君へのお題」の「見守る立場からもう一歩」の対のお話です。
リクエストを下さったAさん、イメージと違っていたかもしれませんが、こんな感じになりました(^^;
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