SS‐DIARY

2013年06月30日(日) (SS)おれのイチゴもおまえです

通りがかったカフェの中に塔矢が一人で居るのを見つけて、おれはそのまま店に入った。

「珍しいじゃん。朝はいつもきっちり家で食ってくんのに」

返事も待たず目の前の椅子に座る。

「キミこそこんなに早くどうしたんだ。対局5分前に来るポリシーはどうした」

「別にあれはポリシーなんかじゃねーし、おれでもたまには早く来ることもあるんだよ」

ふうんと気のない口調で返事をしながら塔矢は桃のケーキをフォークでつつき回している。

あまり甘い物が好きでは無い塔矢が何故こんな朝っぱらからこんな物を食っているのかと不思議に思っていると、見透かしたようにぼそっと口を開いた。

「桃が食べたかったんだ」

「はあ。…ああ、なるほど」

「でもこれはシロップで煮てあって美味しくない。甘すぎる」

自分で頼んでおきながら勝手なことを言うと苦笑していたら、塔矢はあからさまに大きなため息を一つついた。

そして唐突に話し始める。

「ぼくには岡山に住んでいる叔父がいてね、毎年このくらいの時期になると立派な桃を送ってくれるんだ」

「へえ、叔父さん桃農家か何か?」

「いや、普通にお勤めをしているけれど奥さんの実家が桃を作っているらしくて」

それで毎年送ってくれるのだと言う。

「種類は知らないんだけど、大きくて水気の多いとても甘い桃でね。ぼくは小さな頃からそれを食べるのが楽しみだった」

その桃が今年も届いた。

「箱一つ送ってくれるから、二、三日は食べられるなって思っていたんだけれど、昨日帰ったら無くなっていて」

「無くなった? 桃が?」

「昼に大勢の来客があって、それに全部出してしまったらしいんだ」

「あ、今先生達帰って来ているんだ」

「うん。先方もそれを知っていて合わせて送ってくれたみたいだ。父もその桃が大好物だからね。昨日は朝から剥いて食べていて、でもぼくは時間が無かったから帰ってからと思っていたのだけれど食べ損なってしまった」

「それで今食べているってわけなんだ」

納得。

ようやくこんな時間に塔矢がカフェでケーキなんか食べている理由がわかった。

「でも、だからってなんでそんなに不機嫌こいてんだよ」

食べ損ねて悔しいのは解るがそこまで引きずるものだろうか? らしくなく大人げないと思っていると、またもや見透かしたように塔矢が言う。

「さっきも言っただろう。これはちっとも美味しくない。それに…考えてみたらいつもぼくはこうなんだ」

とうとう食べるのを諦めたらしく、塔矢はフォークを置いてしまった。

「楽しみに後に取っておくと誰かに横から持っていかれてしまう」

執着が無い、聞き分けの良い子どもと思われているせいもあるだろう。塔矢は子どもの頃から何かと楽しみにしていたものを逃すことが多かったと言う。

「配っている風船を貰おうと並んでいればぼくの前で無くなるし、従兄弟達に遠慮して自分を最後にしていたら、親犬の機嫌が悪くなってぼくだけ子犬を抱かせて貰えなかった」

お土産で珍しいお菓子を貰えば食べたいと思ったものだけ無くなっていて、後で読もうと思った本は誰かに先に借りられてそのまま図書館から消えてしまう。

「そういえばおまえって好きな物を最後に食べるタイプだったな」

「キミは真っ先に食べるタイプだったよね」

むっとした顔のまま塔矢が言う。

「悪いかよ、食べ損ねるのが嫌なんだよ」

「悪く無い。キミが正しい。ぼくはもうつくづく自分の生き方が嫌になった」

「って、大げさだなぁ、おまえ」

とは言うものの確かにそういうことが常ならば、嫌にもなって来るだろう。

普段の塔矢からは考え難かったけれど、これはこれで意外で可愛いなあとおれは思った。

「このままだとぼくはきっと本当に食べたい物を食べられないまま終わってしまう。そんなのはまっぴらだから」

そこでふいっと顔を上げて塔矢はおれの顔を見た。

「キミ、ぼくと付き合わないか?」

「は………あぁぁぁぁぁぁぁ?」

おれの頓狂な声は朝のカフェ中に広がった。

「な、何言ってんの、おまえ」

「だから言っただろう。ぼくはもうケーキのイチゴを楽しみに取っておいて他の誰かに盗られるのは嫌なんだ。食べたい物は最初に食べる」

って、おれがおまえにとってのケーキのイチゴなんデスかと動揺のあまり頭がなかなか付いて来ない。

「キミ、先週奈瀬さんから女の子を紹介して貰っていただろう。あの子と付き合うのか?」

「あ、いや…。まだちゃんと返事してないけど」

「だったら断れ、そしてぼくと付き合え」

嫌だったらこの場でぼくの方を断ってくれていいと、可愛い顔に似合わぬ男前っぷりで言う。

「それってつまり、おまえはおれのことを」

「好きだよ。ずっと前から好きだった。一生言えないかと思っていたけれど」

それでキミが女の子と付き合う姿を見せつけられるのは、やっぱり何を食べ損なうよりも嫌だと思ってと、間近で言われると迫力がある。

「どうする?」

「どうって…」

いや、おれも好きだけど。

おれこそずっと前からおまえのことを好きだったんだけどと脳内を空しく言葉だけが空回りする。

「…なんかムカつく」

「それはぼくに嫌悪感を抱いたってことか?」

ちらりと塔矢の顔に傷ついたような表情が浮かんだ。

そうか、こんなに自信満々に見えても、さっきの告白は塔矢にとってものすごく勇気のいることだったのだと今更おれは気がついた。

「違うよ、んなわけねーだろ」

「じゃあ、どういう…」

「おれだってなあ、イチゴは最初に食う方なんだよ!」

ここで断って食い損ねてたまるかと言ったら塔矢は一瞬きょとんとして、それからほっとしたように表情を緩めると泣き笑いのように笑ったのだった。



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ヒカアキですよ。


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