小雨の降る午後というものはあまり気が晴れないものだなとアキラは思った。
日がさしているとそれだけで生きているのも嬉しいと思うのにどうして曇るとそうでなくなるのか。
たぶん調べれば何かしら理由がわかるのだろうけれどと考えながら歩いていると、少し前を見慣れた傘が行くのが見えた。
(進藤だ)
そう思い駈け寄ろうとした時にヒカルの傘が急にぴたりと止まったのが見えた。
「おまえなあ、危ないだろ」
漏れ聞こえてきた声によく見ると、ヒカルの前には小学校低学年くらいの男の子がいて、その傘の先をヒカルは指で掴んで止めたようなのだった。
「なんでだよ、うるさいなオッサン」 「うるさいじゃねーって、駐車場ってのは車が急に動き出したりして結構危ない所なんだよ。そうじゃなくても『入るな』って書いてあんだから入るな」 「うるさい、バーカ、バーカ」
男の子はヒカルに悪態をついて走り去ってしまったが、ヒカルは別に怒った風も無く、ため息を一つつくとまた元のように傘を差してゆっくり歩き始めた。
いつかどこかで見たような光景。
一連のやり取りを遠目に見ていたアキラはしばし歩くのを忘れ、少しして胸の中で(…ああ)と思った。
以前その駐車場をヒカルが突っ切って近道をしようとした時に全く同じことを言ってアキラが止めたことがあったのだ。
『駐車場の中は意外に視界が悪い』 『そうでなくても入るなと書いてある所に入る方が間違っている』
自分がそう言った時にはヒカルはさっきの男の子と同じように思いきり拗ねた顔をしていたけれど、その実ちゃんと理解して守ってくれていたらしい。
そう、ヒカルはなんだかんだ言ってアキラが言ったことはいつでもちゃんと真面目に聞くし注意したことは守るのだ。
それを目の前で見ることになったアキラはこそばゆさを感じ、同時にヒカルを非道く愛しく想った。
(本当に)
まいるなあと思いながらアキラは傘の柄を握りなおした。
そしてこんなことがあるのだから雨の日もそう悪く無いと思いつつ、優しくヒカルの名を呼んで、まっすぐに恋人の元へ走ったのだった。
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