何を好き好んでこんな日にと思わないでも無かったが、進藤があまりに言い張るので根負けして動物園にやって来た。
朝からの雨。天気予報では1日続くという悪天に、だだっ広い園内はほとんど人気が無くて閑散としている。
そこを各々傘を差しつつ動物たちを巡って行くのだから酔狂にも程があるとそう思う。
「どうしてそんなに動物園に来たかったんだ?」
進藤はそれまでも遊園地などにぼくを誘うことがあったけれど、動物園に誘われたことは無い。
殊更動物好きだとも思えないので不思議に思って尋ねると、彼は南国の鳥の檻の前で傘をくるりと回して言った。
「穴場なんだよ」 「穴場?」 「そ。こんな雨の日に動物園に来るヤツなんてほとんどいない。園内はそこそこ緑もあって、だから見通しも悪い。職員の数も少ないし男二人でのんびり歩いていても誰にも何にも思われない」
人目を気にせず堂々とデートっぽいことが出来るまたとない機会なのだと笑われて目を開かれた気がした。
「そんなこと考えもしなかったな」 「まあフツー、いい年した男が動物園なんか来ないしな」
遊園地などなら晴れた日の方が人が多くて紛れて良いと思うかもしれない。
でもそれでも男二人連れというのは案外人の目に止まるものなのだ。
「動物園なんか来るのはほとんど親子連れだし、そもそもおれらを知ってるヤツに出会う確率低いからな」
正々堂々ゆっくりとデートっぽいことが出来るとぼくに言う進藤は、少しだけはにかんだような顔をしていた。
「馬鹿みたいなことって思ってるかもしんないけど」 「いや―」
傘を少し傾けてぼくは彼の顔をじっと見つめた。
「今日はなんだか気を遣わないというか…すごく楽な気がしていたんだ」
なんでだろうと思っていたけれど、人の目を気にせずにいられるからだったのだ。
「まあ、いい年してトラや像やゴリラも無いけどさ」 「そんなことは無い。ぼくは動物園に来るのは二十年ぶりくらいだから、すごく面白い」
それに何より進藤と二人でのんびりと過ごせる。そのことがとても楽しかった。
「…この先に軽食食べられるコーナーがあってさ、ソフトクリームも売ってんだよな」 「こんな雨の日に?」 「でもいかにもって感じだろう?」
デートで動物園に来て、二人揃ってソフトクリームを食べる。そんなベタなことをずっとしてみたかったと言われて何故か胸が締め付けられた。
「いいよ。そういえばソフトクリームも二十年ぶりぐらいだから」 「は? マジ?」 「食べないだろう? もともとそんなに甘いものが好きなわけじゃ無かったし」 「いや、食うよ。甘いもんとソフトはまた別もんだよ」
だったらこれは絶対に食わなければいけないなと、妙に頑固に言い張るのが可笑しくてぼくは彼に笑いかけた。
「他に…動物園に醍醐味はあるのか」 「そうだなあ、シロクマ?」 「そんなに、凄いのか?」 「ん。いや、この動物園のシロクマの所、背後が崖みたくなってて、見下ろすのにもちょっと上らなくちゃいけなくて、ちょうどいいスポットなんだよな」 「何の?」 「キスの」
ガキの頃に来た時に、ロケーションを見てそう思ったと。一体どんなませた子どもだったんだと思いつつ、でもそれも悪く無いと思い返す。
「じゃあソフトクリームのその後に」 「え? いいの? 怒らないの?」 「こんな非道い雨なんだから―いいんじゃないか」
どうせ誰もぼく達二人を見る者は居ない。
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