| 2013年04月03日(水) |
(SS)花散らしの雨 |
春だというのに朝から冷たい雨が降っていて気分もあまりぱっとしない。
こんな時にぴったりの元気の出る思い出がぼくにはある。
あれは数年前の今くらいの時期。
満開に咲いた桜に冷たい雨が降っていた。
ああ、もう桜が終わる。あんなに綺麗だったのに散って無くなってしまうと、窓から花の散る様を見て無常さと儚さを噛みしめていたら、進藤が隣にやって来て同じように桜を見た。
「あー、もう花も終わりだな」 「うん。花散らしの雨だよね」
ため息をつきつつ言った時、進藤がぼくを見てにっこりと笑った。
「あ、それ美味そう」 「え?」 「なんかそれ、ちらし寿司とかそういう寿司の類みたいですごく美味そうなイメージが浮かんだ」
一体どんな物を思い浮かべたんだと呆気に取られ、それからおかしくなって笑ってしまった。
「なんだよ」 「いや、本当にそうだなと思って」 「だろ」
そういう寿司があったら一度食ってみたいよな、きっとすごく美味いと思うと、進藤はその後もしばらくぶつぶつと妄想の中で造り上げた寿司の話をしていた。
無粋だとか、風流を解しないとかそういう風に取る人もいるかもしれないけれど、ぼくはその時、散る桜に儚さを見ない彼のポジティブさを愛しいと思った。
無くなる物を憂いていても仕方が無い。それくらいなら真っ直ぐに食欲に繋げてしまった方が余程建設的ではなかろうか。
だって食べるということはそのまま生きるということになるから。
「じゃあ今日はお寿司を食べて帰ろうか」 「マジ? おまえの奢り?」 「冗談じゃない。キミだって相応に稼いでいるんだから自分の財布でちゃんと食べろ」
そして本当に二人で寿司屋に行った。
以来、ぼくは桜が散るのを見ても憂鬱な気持ちにならなくなった。
雨に散る花びらを見るたびに、にっこり笑った彼の顔と「花ちらし」という有りもしないお寿司の記憶が蘇り、ぼくをいつも笑わせてくれるようになったから。
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