SS‐DIARY

2012年10月15日(月) (SS)もちろん欠片も覚えて無い


「倉田さんは―」

半分眠っていたようだった塔矢が、唐突に口を開いた。

「倉田さんはまん丸でちんちくりんな所が可愛いですよね。雪だるまみたいな眉と、ブタみたいに何でもよく食べる所が可愛くてぼくは好きです」

若手だけの飲み会ならともかく、高段者から低段者までぞろりと揃った畏まった飲み会で、いきなりこんなことを言い出すからおれは隣で顔面蒼白になった。

「緒方さんは嫌なことがあると、よく水槽の熱帯魚に話しかけていたりするじゃないですか。一匹一匹にちゃんと名前もつけてるし、あれ、ずっと可愛いなあって思ってました」

「ちょっ、おまえ―」

止めようとしても聞きやしない。

「座間先生、座間先生はいつも憎まれ役を演じておられますが、本当はとても涙脆くて人情派ですよね。悲恋物の韓流ドラマにはまって見ながら泣いておられるのを出先のホテルでぼくは見ました。ああ、この人はなんて心が綺麗なんだろうって」

息継ぎをしてすぐに続く。

「桑原先生! ぼくは初めて先生にお会いした時に妖怪の親玉を見たと思いました。今でも本当に妖怪が居たら先生のようなお姿だろうと思ってます。貫禄があって、他者を圧倒するような威厳があって、皺の寄ったお顔も渋くて本当に格好いいなあって。いつか年をとったらぼくも先生のようになりたい」

「おい、塔矢、ちょっとおまえ口閉じろって!」

「……ああ、進藤。キミ、最初からずっと可愛かったよね。子どもの頃はほっぺたがぷにぷにでマシュマロみたいですごく可愛かった。今はちょっと頬が痩けてしまったけれど、リラッ●マのキイ●イトリみたいだなあっていつも思って―」

言いかけて、再び唐突に口を閉ざした。そしてそのままいきなり電池が切れたようにがくっと崩れる。

おれは眠ってしまったらしい塔矢の体を抱き留めながら、しんと静まり返った宴会場を見渡した。

何とも言えない奇妙な空気が室内に漂っている。

「あ……あのっ……すみません。こいつツブれちゃったみたいなんで、他の部屋に寝かせて来ます」

思い切っておれが言うと、やっと場の空気が崩れた。

「い、いいんじゃないか?」
「そうだな…ぜひゆっくりと眠らせてあげなさい」
「そうそう、疲れているんだろうし」

ぎこちなく皆が返す中、おれはホテルの人に頼んで一部屋貸して貰って塔矢を寝かせた。

どうせこのまま泊ることになるんだろうと、すぐに宿泊の手続きもして部屋に戻ってみると塔矢は小さい子どものように掛け布団を抱きしめて眠っていた。

「………一柳先生……つるつる……」

寝言でまだ言っているのに苦笑する。

「誰がキイロイ●リだ、こいつ」

こつんと軽く塔矢の頭を叩きながら、けれどおれの心の中は暗澹としていた。

(こいつ明日からどうなっちゃうんだろう)

酔っぱらっていたとは言え、失言というにはあまりな暴言を吐きまくって、これからの棋士生命、終わりなんじゃないかと思ってしまったのだ。

(そん時はおれもおまえと一緒に中国棋院でも韓国棋院でも行ってやるからな)

へらへらとまだ幸せそうな顔で眠っている塔矢の頭を撫でながら、おれは悲愴な覚悟を決めたのに、何故かその後、塔矢に対するお咎めは一切無かった。

シカトされることも無く、嫌味を言われることも無く、逆に皆が妙に塔矢に甘くなったので、おれは何とも腑に落ちず、でも良かったとほっと胸をなで下ろしたのだった。

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かっ、可愛い所もあるじゃねーかこいつって、たぶんみんな思っちゃったんじゃないかな。


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