SS‐DIARY

2012年09月20日(木) (SS)誕生日の暴君


「こんなに暑いとケーキもクソもねーよな」

どっちかって言うとかき氷が食べたいとバチ当たりなことを言った進藤は、皆がご馳走してくれるというのを辞退して、代わりに打ち掛けの時、ガリガリ君を買って貰った。

「やっぱソーダ味最高っ」
「…おまえって本当に祝い甲斐の無いヤツだなあ」
「ほんと、そんなんじゃあんた、一生彼女なんか出来ないわよ」

和谷くんや奈瀬さんに呆れたように言われていたけれど、本人はどこ吹く風で美味しそうに水色のアイスバーを囓っていた。


実際今日は9月の20日としては呆れるくらい暑かった。平気で30度は越えているし、夏だと言っても通るくらいの蒸し暑さだった。



「昨日はそれでもちょっとは涼しかったのにね」

帰り道、首筋に浮いた汗を拭きながら呟くと進藤はぼくからハンカチを取り上げて、頼んでもいないのに後ろ側を拭いてくれた。

「まあ、異常気象ってヤツじゃねーの。去年もさすがにここまでは暑くなかったと思うし」
「冷やし中華」

「は?」
「キミの誕生日のディナーは冷やし中華でいいよね」

「冗談、嫌だよ」
「じゃあ冷やしうどんか冷やし蕎麦だ」

「って、そんな夏の昼飯みたいなメニューで誕生日なんて嫌だし」
「でもキミ、昼間はみんなが奢ってくれるって言うのを偉そうなことを言って断っていたじゃないか」

「ああ、だってホテルのランチとか…落ち着いて食えないじゃん」
「だったらケーキくらい買って貰えば良かったのに」
「あんなクソ暑い中、ケーキなんて食いたくないって!」

進藤は拗ねたように口を尖らせて歩いて行く。

「じゃあ、お寿司だ。ちらし寿司くらいなら作ってあげられるから」
「マジ? 本当? じゃあちらし寿司でいい」

海老も乗せてとねだるので、笑いながらいいよと言った。

「あと、ビール飲みたい。なんかどこかの地ビールでゆずとコリアンダーが入ったヤツがあって、口当たりがさっぱりしてて凄く美味いんだって」
「…地ビールか。駅ビルの地下で買えるかな」

「買えなかったら別にいいよ、コーラでもなんでも」
「いや、折角作るちらし寿司をコーラで食べられるのは嫌だから、絶対見つけて買ってやる」

もう26にもなるのだから、進藤にはそろそろジャンクな物の食べ方はやめて貰いたいのだ。

「あ、それとあれ、あれ買って」

くいといきなり服の裾を引っ張られ何事かと思ったら洋菓子店のショーウインドーだった。

「キミ…確か『こんな暑くちゃケーキもクソも無い』って」
「うん、言った」

「ついさっきも、この暑い中ケーキなんか食べたく無いって言ったよね」
「言った。でもアレとコレは違うから」

でっかいケーキ買って行こう、丸くて切り分けて食べるヤツと言われて苦笑した。

「明日…和谷くんや奈瀬さんに言いつけようかな」
「なんだよ、言うなよ」
「だって昼間のキミを見た人だったらみんな怒って殴りに来ると思うけど」

ぺたりと小さな子どものようにガラス戸に手をついて中を覗き込んでいた進藤はくるりとぼくを振り返ると大真面目にこう言った。

「仕方無いじゃん。おれ、誕生日はおまえ以外とケーキ食わないって誓いをたててるんだから」
「え?」

「前から決めてんの。これから先、誕生日はお前としかケーキ食わない。それで、お前にだけ祝って貰うんだって」

それだけ叶えて貰えたら、物も何もいらない。シアワセだと言い切る。

「それって一生?」
「うん、一生」

一生おまえだけに祝って欲しいと言われて不覚にも顔が赤らんでしまった。

「キミ…友達無くすよ」
「いいよ、おまえが居てくれたら」

おまえだけ欲しい。おまえしかいらない。

重すぎる願い事をあまりにも軽く言い放つ彼は、出会った時と変わらない悪戯っぽい表情でぼくを見詰める。

「なあ、おまえはどう? 叶えてくれる?」
「それは…出来たら叶えてあげたいけど」
「そんなあやふやな返事じゃ嫌だ」

おれは本気で願ってるんだから、おまえも本気で答えてよと、YesかNOかと有無を言わさず迫って来るので、ぼくは思わず顔を背け、それでもどうしても逃げ切れず、暮れて行く空の下、小さく一つ頷くことでやっと許して貰ったのだった。


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ヒカル、ハピバー!


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