SS‐DIARY

2012年09月14日(金) (SS)restore


待ち合わせた時間に進藤は来なかった。

例え来なくても待っていると伝えてはあったけれど、一時間を過ぎ、二時間を過ぎても姿を見せない彼に、ああやはりもうダメなのかと思った。

よくあるいつもの喧嘩から真剣な言い争いになって、そこから更にすれ違いが幾つかあった。

元々ぼく達はどちらも頑固で意地っ張りで一度掛け違うとなかなか折れることが出来ない。

それでも壊れずに続いて来たのは一重に進藤の方が自分を抑え、引いてくれていたからだったのだと、それが無くて初めてぼくは気がついた。

我慢強く辛抱強く、どれほどの言葉を彼は飲み込んで来たんだろうか?

惚れた弱みだから仕方無いと冗談に紛らわせて常にぼくを許して来たキミ。

(でもそれに甘えきってはいけなかったんだ)

なんとなくぼくは今回も彼が折れて来るのだとばかり思っていた。

ごめん、だからもう怒らないでと優しく甘いその言葉でぼくを包んでくれるものだと無意識に期待していた。

だから思い詰めた目で終わりにしようと言われてショックを受けた。

『本気で言っているのか?』
『冗談でこんなこと言えるわけない。でも、もうこんな繰り返しは止めた方がいいんじゃないか』

おまえもおれも一緒に居ても傷付け合うばっかでちっとも心が安まらない、だったらいっそ終わりにした方が楽になるのではないかと、言われた言葉の一つ一つが礫となってぼくを打った。

『いやだ、そんなこと』
『なんで? ついさっきまでおれのこと罵ってた口でどうしてそんなこと言うんだよ』

もうおまえのことわかんねえ、マジでもう限界だからと去られて目の前が真っ暗になった。


ぼくは決して良い恋人では無かった。自分でも解ってる。

出会ってから今までずっと、彼には剥き出しの感情しかぶつけて来なかったし、それでいいと言われていたから我慢することもしなかった。

いつでも思ったままを思った通りに投げつけて来て、それが彼を傷付けることがあるなんて、本当にはきっと考えては来なかった。

ごめんなさい、許して欲しい、ぼくが悪かった、幾つもの謝りの言葉が頭に浮かんで、でもそのどれもが相応しいとは思えなかった。


『やり直したい』

そう告げたのは別れを告げられてから一週間後のこと。

考えて、考えて、考え抜いて、それでもどうしても進藤と別れるなんて出来ないと思ったぼくは遅まきながら初めて自分から折れたのだった。

もうとっくにそんな段階では無いのだと解りきってはいたけれど、どうしても諦めることが出来ない。

彼の居ない人生なんて有り得ないと思ったから―。


進藤から返事は来なかった。

同じ文面で二通送って、それから更に追加で一通送った。

最初のメールには謝罪の言葉をありったけ連ね、その次のメールに会いたい旨を記した。


キミと

初めて

待ち合わせた

場所で

金曜日

午後三時に

待っている。


例えキミが来なくてもぼくはずっと待っていると最後の行を打った後、祈るような気持ちで送信した。


(でも、結局無駄だったんだ)

あまりにも遅いぼくの気づきは彼の心を動かせなかった。それが今こうして一人で居ることなのだと降り続ける雨空を見上げながらそう思う。

「…痛い」

胸が痛くて死んでしまいそうだと呟いたその時、ぼくは隣に誰かが立ったのに気がついた。

「進藤…」

そこに居たのは紛れもなく進藤で、複雑な顔で睨むようにぼくを見詰めている。

「何やってんだよ、おまえ」
「キミを…待ってた」
「こんな中、傘も差さずにかよ」

言って下げたままのぼくの傘を握る取るようにそっと奪う。

「重くて持っていられなかったんだ」
「一キロも無いだろ、こんなもん。おまえの傘、チタンででも出来てんのかよ」
「解らないけど…でも、重すぎて持っていられなかった」

重かったのはたぶんキミとの別れ。

失ったと思ったその事実が重すぎて、ぼくは立っているのがやっとだった。

「キミはなんで来たんだ?」

指定した時間に来なかった。それはきっと迷ったということで、二時間以上ぼくを待たせた彼は本当は来ないつもりでいたのかもしれない。

「なんでって、雨だし…雨でもきっとおまえ待ってるんだろうなって思ったし」
「それでも放っておけば良かったじゃないか、キミにちっとも優しく無かった。恋人としての愛情も満足にキミにあげられなかったぼくなんか」
「そうだよな、おれもそう思う、バカだよなあって」

そう言って進藤はぼくの傘を畳むと自分で差して来た傘もまた畳んだ。そしてぼくと同じように降りしきる雨のその上を見詰めるように空を仰ぐ。

「でもきっとおまえ泣いてるからと思って」
「泣いてなんかいないよ」
「泣いてるじゃん」
「泣いて無い」

言い張るぼくに進藤はしばし黙り、それから向き直ると手を伸ばしてぼくの頬にそっと触れた。

「泣いてるじゃん、今も」
「違う、それは雨が―」

髪を伝わりこぼれた滴だと言い張ろうとして声が詰まった。


雨で良かったと立ち尽くしながら思っていた。

晴れた日だったらこんな風に泣き続けることなんか出来なかったから。

なのにそれを一番見られたく無い相手に見られた。

「ごめんな、泣かして」

愛してると囁いて進藤はぼくの頬に顔を寄せた。

こぼれる涙を掬い取るようにキスをして、そのまますりっと頬ずりをする。

その温かさにぼくはもう耐えられなかった。

「泣いてごめん、ぼくの方こそ」

そして彼の体を抱きしめると肩に顔を埋めて泣いた。

ごめんなさい、ごめんなさいとただひたすらに謝って。



世界中にぼく達二人だけになればいい。

そう願ったこの一瞬。


ぼくは抱き返してくれる進藤の腕の温かさを感じながら幸福に目を閉じた。

彼のぬくもりは冷え切ったぼくの体を真から温め、そして意固地だったぼくの見事なまでに粉砕した。

失った愛は今、ぼくの手の中に戻ったのだ。



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