SS‐DIARY

2012年08月23日(木) (SS)コンビニでも良かった


かなり本人気をつけて、水分も塩分も摂っていたようだったのに、それでも真夏日の外でのイベントはかなり体にキツかったらしい。

昼を過ぎた頃から顔色が悪かった塔矢が、突然裏手に回って来て少し休ませてくれないかと言った。

「いいけど、おまえ指導碁とか大丈夫なん?」
「…芦原さんに代わってもらったから」

だから少し横にならせて欲しいと、立っているのも辛そうなのですぐに床の荷物を退かし、ダンボールを敷いて寝かせてやった。

「大丈夫? 熱中症?」
「そこまでは行っていないと思う。でも少しそんな感じになっているから」

何か飲み物を買って来てくれないかと言われて上着のポケットから財布を出した。

「いつもお前が飲んでるヤツでいい?」
「別になんでもいい。スポーツドリンクなら」

とは言っていたものの、あんなに弱ってしまっているのだからなるべくなら好きな銘柄のヤツにしてやりたいなとまずは手近な所に行った。

「あれー…」

しかしこの暑さが祟ってか、スポーツドリンクだけが売り切れになっている。

(まあでも自販機なんていくらでもあるし)

実際視界に入るだけでも複数あったので、おれはさほど深刻には考えず次の自販機に足を向けた。

けれど。

「うわ、ここも売り切れかよ」

行く先々どの自販機もスポーツドリンクだけが売り切れだったのだ。

(クソ暑いしなあ)

自分だって買うならそうするだろうと晴れた空を恨めしく見上げる。

「でも、あいつ待ってるし…」

早く買って帰らなくちゃと急ぎ足で次の自販機を探した。

しかし、どの自販機も示し合わせたかのようにスポーツドリンクだけが無かった。もしくはあっても、塔矢の好きな物では無かった。

この際好き嫌いは二の次にしてもいいだろうと頭では思うのだが、それでもなるべくならと足が次に向かってしまう。

たかが一本のスポーツドリンク。

それを買うのにどれだけ歩き回ったことだろうか、ふと目を上げた時に奇跡のように目に入ったのは売り切れ表示の出ていない自販機のスポーツドリンクで、おれは思わずすがりつき、「あったーっ!」と叫んでしまいそうになった。

いそいそと小銭を出して一本買って、そして慌てて来た道を戻る。

思ったより随分遠くまで来てしまっていて、小走りに走ったら全身から汗が噴き出した。


「ごめんっ、遅くなった!」

会場の裏手に回ったら、塔矢はまだ同じ状態で横になっていて、でも幾分顔色は良くなっていた。

「ほら、おまえの好きなヤツ。早く飲んで元気になれよ」

ひたっと頬に当ててやったら冷たいと気持ち良さそうに目を閉じた。

それから再び目を開いておれを見る。

「キミ、随分汗をかいて…もしかして遠くまで買いに行ってくれたのか?」
「別にそんなこと無いよ。ただ外がすげー暑いから」

何しろ立ったいるだけで汗が噴き出してくるぐらいの暑さだ。その中を小走りに走ったのだからびしょ濡れになるくらい汗をかいても当然だった。

「まったく、もう夏も終わりだってのに暑いよなあ」

言いながらぽたりと額から落ちた汗を手の甲で拭う。

ああ、このスーツ、まだ一回しか着てないけど帰ったらすぐにクリーニングに出さなくちゃだなあとぼんやりと思った。

「進藤?」

ん? 何?とおれとしては答えたつもりだったのだが、実際は声は出ていなかったらしい。

「進藤っ」

覚えているのはいきなり視界が真っ暗になったこと。そして塔矢がおれの名前を叫んでいたこと。それだけだった。


次に目を開けたら塔矢が心配そうにおれを見ていて、ついでに緒方先生とか芦原さんの顔も近くにあった。

「何?」

状況が解らなくて尋ねると、緒方先生がぶっきらぼうにおれに言った。

「軽い熱中症だ。馬鹿者」
「はあー…」
「進藤くん、キミ昼からあまり水分摂っていなかったでしょう。なのにこの炎天下を歩き回るなんて無茶だよ」

芦原さんに苦笑されてそうか、おれ、倒れたのかとやっと自分の状況を理解した。

「スミマセン」
「イベントの方はもう後撤収だけだからいいんだけど、進藤くんはもう少し寝ていた方がいいと思うな」
「打ち上げは今日はおまえはパスだ。気分が良くなったらさっさと帰ってさっさと寝ろ」
「えーっ」

そして最後に塔矢がおれに何を言うかと思ったら、何も言わずただじっとおれの顔を見詰めている。

「なんだよ、おまえも言いたいことあんなら言えよ」

いつもだったらきっと不注意だのなんだの、自己管理の出来ていなさを罵られるはずなのに今日は何故か何も言わない。

「…他の銘柄だったら、四つ先の自販機にもあったじゃないか」

これを選ばなければもっと近くで買えただろうにと、やっと口を開いたかと思ったら妙に思い詰めた口調で言われてしまって答えに詰まった。

「いや、だっておまえ、それが好きじゃん?」

他のはいつもは飲まないじゃんと言ったら、塔矢は一瞬くしゅっと泣き笑いのような顔になった。

「それでもね、キミを熱中症で倒れさせるぐらいだったら、ぼくは何でも我が侭言わず飲んだよ」
「そうだ、おまえはちょっとこいつを甘やかし過ぎなんだ」
「緒方さんは黙ってて下さい!」

背後に向かって怒鳴った後で、塔矢はおれに向かって非道く優しい声で言った。

「気分は? 頭が痛かったりはしないか?」
「大丈夫。それよかおまえは?」
「もう…大丈夫。キミが場所を作ってくれたからね。ゆっくり休んで元気になれた」

だから今度はキミが休んで元気になれと、やっぱりまだどこか泣き出しそうな顔でおれに言う。

「そうだ、買って来たヤツ飲んだ?」
「…まだ」
「飲めよ」

人が苦労して買って来たんだから必要なくても飲めと言ったら塔矢は頷いた。

「うん。でも今はキミも飲んだ方が良さそうだから」

半分こして一緒に飲もうとスポーツドリンクを取りだして、にっこりとこれ以上無いくらい可愛い顔でおれに笑った。

好きだよ。キミが好きだよと、気持ちがだだ漏れの笑顔だった。

「あ、えーと、だったら…」

口移しで飲ませてと、つい緒方先生や芦原さんの存在も忘れ、可愛さのあまりそう言ってしまったら、塔矢はばしっとおれを叩いてその場は怒って見せたけれど、その後で皆が居ないのを見計らって、こっそりと飲ませてくれたのだった。


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「でも進藤くん、どうしてコンビニで買わなかったの?」と、後に芦原さんに言われてヒカル大ショック。
「その手があったかーっ」「その発想無かったーっ」焦るあまり視野が狭くなっていたということで。


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