※ぬるい非ハッピーエンド注意
進藤を泣かせてみたいと思った。
いつもいつも好きなのはぼくばかりで、彼はいつもへらへらと何の苦労もしていなさそうで。
ぼくを好きだと言う割にぼくが居なくてもきっと困らない。それがとても悔しかった。
「キミなんか嫌いだ」
その時、きっかけが何だったのか忘れたが、軽い言い合いのようになってムッとしたぼくは今までの不満をつい舌に乗せてしまった。
「なんだよ、突っかかんなよ」
「突っかかっているのはキミの方だろう。ぼくは事実を言っているだけなのにキミはいつもそれを認めなくて」
「んなこと無いって、むしろおまえの方が事実を認められないんじゃねーの」
「そんなことあるよ。大体キミは真剣みが足りない。リーグ入りを果たしたからって、別にタイトルを獲ったわけでも無いのにいい気になって精進をすっかり忘れている」
それは半分が本音で半分が言いがかりだった。
「そんなことをやっているキミをぼくがいつまでも好きでいると思うなよ」
所詮キミなんて碁の才能だけで買っているのだからと、そこまで言うつもりも無かったのに止らなくなった舌が思ってもいないことを紡ぎ出した。
「…なんだやっぱり、そうなのか」
言い過ぎた。
ぼくはてっきり彼が怒りで顔を赤く染めるものと身構えた。
けれど進藤は奇妙な程静かで、顔色はむしろ白いくらいに血の気を失っている。
「進」
「ずっとそうなんじゃないかって思ってた。でもいくらおまえでも少しはおれ自身のことも好き―でいてくれたりしてるんじゃないかなって」
甘っちょろいこと考えてたおれが馬鹿だったと、進藤の声音が穏やかなのが逆に怖い。
「悪かったな、なのに勘違いして勝手に好き好きつきまとって」
「進藤―違――」
「やめるわ、おれも」
「え?」
「本当におれを好きなわけでも無いおまえに無理矢理恋人ごっこさせることなんか出来ねーもん。だからもう今日で終わりにしよう」
明日からはまた元のトモダチ同士ってことでと、言いながらふと苦笑のような笑みを浮かべる。
「あれ? もしかしてダチってのすら思い上がりだった?」
おまえん中のおれって、その程度の価値すらも無かったりしたのかなと言われてぼくの方が顔色を失った。
「進藤、だから違う。ぼくはそんなこと思って無い」
「ごめんな。おれ馬鹿だから、おまえのそういうの解ってるつもりで全然解っていなくて」
勝手に夢見ちゃってごめんなと穏やかな口調のまま、でも不意に俯いて涙をこぼした。
「おまえ―最低」
死ねばいいのにと言われて突き刺されたような気持ちになった。
「ごめん、進藤。さっきのは本当の気持ちじゃ―」
ぽたり、ぽたりとテーブルの盤上に涙が落ちる。
幾らぼくが何を言っても、もう彼の耳には届かない。
(…どうしよう)
泣かせたいと思っていたのに、実際に目の前で彼の泣く様を見たら、あまりにも痛々しくて正視することも出来なかった。
「進藤、お願いだから」
お願いだから言い訳をさせて。
遠い対岸から叫ぶ人のように、ぼくは涙を流し続ける彼をひたすらに呼んだ。
呼んでも、呼んでも、反応は無い。
(ああ…何てことだ)
今までずっと知らなかった。
ぼくには一つ魔法が使えたのだ。
彼の心を粉々に砕く、残酷な魔法が。
進藤は俯いて泣いている。
ぼくは取り返しが付かないという言葉を噛みしめながら為す術も無く、細かく震える彼の肩を見詰めることしか出来なかった。
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ヒカルが泣く所はもう見たく無い。北斗杯でそう思ったはずなのに、それをうっかり忘れたアキラの話。
大丈夫、ちゃんと仲直りしますよ。
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