SS‐DIARY

2012年08月17日(金) (SS)自分の職場で変換しよう


待ち合わせた交番前には既にぱらぱらと人が集まっていて、けれどその中に毛色の違う男の子がいた。

すらっと背が高くて(まあそのくらいならよくいるけれど)、前髪だけを明るい色で染めていて(そういう子もよくいるけれど)、服装はジーンズにTシャツだけど(まあデフォルト)、ぱっと見た瞬間二度見してしまうような凄い男前だったのだ。

たぶん二十歳前後くらいで、美形とはまた違う人好きのする甘さの残る顔立ちをしている。

それがどういうわけか、おばちゃんばかりの工場のアルバイトの群れに混ざっているのだから思わずまじまじと見てしまった。


「ねえ、キミ、新しく来るって言うフォーク(フォークリフト)の子?」

やはり気になったらしい、古顔の佐々木さんが聞いていたけれど「あ、違います。おれは今日だけのバイトで…」と言っていたのでどうやらスポットの派遣さんらしい。

声をかけられた時ににこっと笑った顔が人懐こくて、ああこの子さぞやモテるだろうなあとぼんやりと思った。



時間が来て皆で工場に向かい、そして後はいつも通りの流れ作業になった。

その子も慣れない手つきで作業に加わり、あっという間に時間が過ぎる。


「君、学生?」

休み時間に声をかけると「社会人です」と言われて少しばかり驚いた。

てっきりまだ大学生くらい、もしかしたら高校生も有りかもしれないと思っていたのだ。

「もしかして会社の夏休み?」

この不景気、給与カットで夏休みにこういうスポットのバイトに入る人も結構多い、だからこの子もそういう類なのかなと思ったのだ。

「あー…うん、まあ似たようなもんです休みは休みなんで」

夏の終わりに遊びに行きたいんだけど、ちょっと懐が寂しくてそれでバイトに来たのだと言う言葉に頷いた。

なるほどなるほど。

「ふうん、もしかして彼女と?」
「彼女なんかじゃないデスよ」

にっこりと笑ったけれど、その笑いに照れが混じっていたので図星だったのだと解った。

彼、名札から「進藤くん」だと解った彼は、すぐに仕事を飲み込んで、働いている人達とも打ち解けて、昼休みには何人かいる男性職員と楽しそうに話をしていた。

何やらやっているなと思ってのぞいて見ると、小さな碁盤で碁を打っている。

「珍しいね。君らぐらいの子ってそういうのやらないでしょう」
「まあ、そうですね。でもおれは好きなんで」

ガキの頃から打ってますよと言う通り、なかなかの凄腕らしい。

相手をしていた年配の男性は早々に負けたと叫んでいて、その後のニ回戦目でも瞬殺で負けてしまっていた。

「おまえ帰り残業して行け、それで晩飯の時にまた勝負しろ!」
「いいですよ」

あーあ、そんなこと言ったら本当に夜中までバイトさせられちゃうのにと思いつつ、藪蛇にならないように口は出さない。

そして終業の6時、私達は帰ったけれど進藤くんは汗を流しながらせっせと検品の仕事を続けていたのだった。



たった一日だけのスポットのバイト。

でもあの子がいるだけで妙に職場が華やかになったなと、その後のぱっとしない顔ぶれを眺めながら寂しく思う。

希に学生のアルバイトもやっては来たけれど、顔立ちの甘さはあっても『進藤くん』とは比べものにならなかったからだ。

顔の造作とかスタイルとかでは勝っているだろうという子も居たけれど、雰囲気というのだろうか、気怠そうで面倒臭そうな空気が彼とは全く違っている。

進藤くんは何というのだろうか、全てに於いて生き生きしていた。輝いていると言っても良かっただろう。

(また冬休みにでも来ないかしら)

たまにああいう子が来ると単調な仕事にメリハリがついて有り難い。


あの日、進藤君は10時過ぎまでバイトして、尚かつ男性社員と律儀に碁を打ってから帰ったらしい。

(ああ、そうそう、…碁)

携帯用の碁盤に向かう進藤くんは、ぴしっと背筋が伸びて格好良かったなと思う。

「無事に彼女と遊びに行けたかしらね?」
「ああ、スポットで入ったバイトの子ね。またああいう子が来ないかしらねえ」

皆思うことは同じようで可笑しかった。

そんなある日、昼休みにお弁当を食べながらテレビを眺めていたら、唐突に彼が映った。

『進藤ヒカル十段が棋聖位を獲得』

どれを見ようかとチャンネルを変えている途中、NHKのニュースに見覚えのある顔が現われたのだ。

ぶっと食堂の向こうで男性社員がお茶を吹く。

どうやら進藤君は囲碁のプロで、しかもかなり有名な人だったらしい。

「なんだよ、どうりで強いはずだよ…」

惨敗した男性社員がぼやいていたけれど、なんとなく納得するものはあった。

あの輝きは真剣に何かに挑み、極めている者故の輝きだと思ったからだ。

アルバイト時とは違うきちんとしたスーツ姿は惚れ惚れとする程で、やっぱりこの子、格好いいなあと思った。

花束を抱えながら差し出されたマイクに答えている彼は、相変わらず人好きのする笑顔で、でもそこらの若い子とは纏っているものがまるで違った。

『そういえば随分日に焼けていますが、夏休みはどちらかへ?』
『一日だけ海で遊んで来ました』

ほうほう、結局海に行ったのか、良かったねえと心の中で思う。

『海というと沖縄とか』
『まさか、一日ですよ? 近場のフツーの海。でもその前に引っ越しなんかしちゃったもんだから金が無くて、しょーがないのでバイトして稼いで行って来ました』

『棋聖がアルバイトですか? 指導碁とか?』
『いえ、工場で電化製品の検品やって来ました』

受け手は冗談だと捉えたようで笑っていたが、私達は苦笑するしか無い。

『そこでちょっとだけど打てる人が居て、休み時間に打ったりとかして、結構面白かったです』

また今度貧乏になったら行きますんでよろしくと言った瞬間、画面の外で何かあったらしい。

進藤くんは痛そうに顔を顰めると、真隣に立っている、これもまた同年代の子達には有り得ないような凛とした空気を纏っている大層顔立ちの綺麗な男の子に噛みついた。

『って、痛ぇ! おまえ蹴んなよ!』
『キミがあんまり馬鹿なことばかり言っているからだよ』

別にオフの日に何をしようと勝手だけれど、いい気になっているとすぐに取り返すからねと、どうやら彼が進藤くんに今日負けた相手らしかった。

『やんねーよ、大体バイトしたのだっておまえが海行きたいって言うか―――』

痛っと再び大きな声がして、画面は対局とやらのシーンに切り替わった。

(ふうん)

てっきり彼女かと思ったのに、友達と行くためにバイトに来たのかと、それがとても意外だった。

(案外思っている程モテないのかしらね)

今どきの子のようなちゃらちゃらした雰囲気が無いのが女の子にはマイナスに作用しているのかもしれない。

「いい子なのにねぇ」

勿体無い。ああ勿体無い。

でもまあ、あんな子ならいつでも来てくれて大歓迎だから、またバイトに来ないかなと、私がぽつりと呟いたら、食堂に居た皆が期せずして一斉に首を縦に振ったので、それがあまりに可笑しくて私は笑ってしまったのだった。

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進藤ヒカル大贔屓SSなので色々目を瞑って読んでいただけると嬉しいです。
ヒカルがバイトに来るなら私もこの会社に行きたいですよ。


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