SS‐DIARY

2012年08月05日(日) (SS)そのままを好きになったので


そもそもの発端は、市河さんが昔使っていたというロングのウイッグを碁会所に持って来たことだった。

「もうずーっと昔の、そうねえ、若気の至りってヤツかしらねえ」

こういうので色々遊んだりしたのだと、幾つもある中からもういらないと思った物を捨てる前に持って来てみたのだという。

「結構するんじゃないですか? 捨ててしまうなんて勿体無い」

ぼくにはウイッグの善し悪しや、本当の所値段などは解らなかったのだけれど、見た目状態の良いそれはそんなに安い物とも思えなかったのだ。

「そうなんだけどね、それはあんまり私に似合わなかったし。だからもし、お客さんの中で女の子のお孫さんにって貰ってくれる人がいないかなあって」
「はあ、そうなんですか」

するとその時、隣に居て、同じようにカウンターの上に置かれたウイッグを興味津々眺めていた進藤がいきなりそれを手に取るとぼくの頭にぽすっと被せた。

「あらあ」

途端に市河さんが歓声をあげる。

「おまえ似合うじゃん。いっそおまえが貰ったら?」

にやにやと人の悪い笑いで進藤はぼくを見ると、鏡面になっている壁の一画を指さした。

「これって、髪の色が真っ黒でストレートでやたら長いじゃん? まんまおまえが伸ばしたみたいだって思ったんだよな」

言われて渋々と壁を見てみると、そこには知らないぼくが居て正直かなりぎょっとした。

「そうしていると女の子みたいね。そうだ! 今日、お客さんにお出しするお菓子、まだ買って無いのよね、それで二人して買い物に行ってみたら?」

にこにこ顔でぼくを見る市河さんはとんでも無いことを言う。

「きっと誰もアキラくんが男の子だなんて気がつかないと思うわよ」
「そんなことは―」

悔しいことに無いとは言い切れなかった。

元々ぼくは母親にそっくりな顔形をしている。その上、平均的な男子よりも明らかに体格が劣り、かなり華奢な体つきをしているのだ。

決して大柄と言えない進藤よりも貧弱な体をしているのがぼくの一番のコンプレックスで、でもそれを口に出して言うのはプライドが許さなかった。

「知り合いにでも見られたらいい笑いものですよ、服だってスカートでもなんでも無いし」
「でも、オンナでもそういうラフな格好してるヤツいるよな」

進藤がいらん口を挟んで来た。

「いいじゃん。面白そうだから行こうぜ。それでもし誰にも気付かれ無かったらおれらにお菓子一個追加ってことで」

「ちゃっかりしてるわねえ。でもいいわよ、乗った!」

そしてぼくを蚊帳の外に置いて、とんとんと話は決まってしまい、ぼくは進藤と二人で腰まで届く長い髪を揺らしながら買い物に出ることになったのだった。



どうせこんなの変に決まっている。すぐに誰か気付くだろうと思ったのに、碁会所のビルの出口でまず失望した。

エレベーターから降りた時、目の前に北島さんがいたのだけれど、ぼくを見るなり進藤に向かって「彼女連れか? このクソ生意気なガキが」と言い放ったのである。

百歩譲って、ぼくは俯き加減で正面は見ていなかった。でもそんなにも解らないものなんだろうか?

「そーそー、おれの最愛の彼女連れて来たんだ♪ 後でじっくり紹介するから」
「けっ、クソガキが。碁会所は碁を打つ所なんだよ。そんなちゃらちゃらしたことで来るんじゃねえ」

若先生を見習えとまで言われて、進藤は笑いを堪えているし、ぼくはぼくで情けなさで一杯で後一秒そのままだったら自分から正体をバラしてしまいそうだった。

「ま、とにかく後でね。おれ市河さんに買い物頼まれてっから」
「おう、行け行け。そして戻って来るな」

しっしっと追い払われて外に出たけれど、ぼくは地の底まで落ち込んでいた。

「なんだよ、そんなにショックかよ」
「だって、北島さんは常連さんの中でも一番古い人なのに」

それがちょっと髪が長くなっただけでぼくをぼくだと解らなかった。そのショックは大きい。

「そんな、しょげんなよ。ちょっとって言うけどオンナだってそんな長いヤツ滅多にいないぞ。黒髪のロングのストレートってなんかすげえ印象強いんだよ」

慰めにもなっていない進藤の言葉を聞きながら、二人で商店街を歩く。進藤は悪のりして、途中からぼくの手を握った。

「何するんだ、こんな人前でっ」
「いや、だからだって。今ならきっと誰も変だなんて思わないもん」

正々堂々手ぇ繋いで歩けるんだからやらせろと言われて断るのも大人げないとそのまま歩いたのだが、結果的には「かわいらしい」という声をあちこちで浴びせられることとなった。

「あら、可愛いわねえ。あの頃が一番いいわよね」
「初々しいカップルねえ。中学生かしら」

お約束のリア充爆発しろも言われて、進藤はご満悦だったけれどぼくは段々と妙な気分になって来た。

最初はただひたすらに嫌だった。それがウイッグをつけることで、ぼくと彼が手を繋いで歩いていても何も言われない、そのことに不思議を感じた。

進藤は始終上機嫌でにこにことぼくに話しかけ、それが更に付き合い始めの恋人初心者にでも見えるのか、皆に微笑ましい目で見られる。

今だったらもっと密着して、肩を抱かれたとしても何も奇異には思われないだろう。

時折店のショーウインドーに映るぼく達の姿は確かに男女の年相応のカップルで、それがなんだか胸に重くのしかかった。

(男女だったらこんなに普通に歩けるんだ)

人目を気にすることも無く、堂々と手を繋いで歩ける。恋人同士だと解っても誰に咎められることも無い。

それが―ひどく悲しかった。

(こんなの嘘だ)

偽りだとも思った。

でも進藤はそんなこと思いもしないらしく、頼まれた菓子を買った際、そこの店主にからかわれてもまんざらでもなさそうな顔で答えている。

もしかして進藤はこういう付き合いを望んでいるのではないだろうか?

誰に気を遣うこと無く、堂々と昼間、大勢の人の中を歩ける付き合いを。

(もし、これからも女装しろって言われたらどうしよう)

帰る道々、ぼくはそんなことまで考えてしまった。

ウイッグをつけるだけで普段出来ないことがここまでスムーズに出来てしまう。だったら進藤はぼくにそれを望まないだろうかと、憂鬱な気持ちで思ったのである。

その時ぼくは果たして平静な気持ちでいられるんだろうか?

鬱々と思った時だった。いきなりぴたりと進藤が足を止めた。


「どうした?」
「やーめた。つまんねえ」

振り返りざまにムッとした声で言う。

「は? 何が?」

わけがわからず尋ねると、進藤はぼくを見詰めて口を尖らせた。

「せっかくおまえと歩いてんのに、おまえじゃ無いみたいでつまんねー」

そしてやおらぼくの頭に手を置くと、ウイッグを掴んで取ってしまった。

「しっ―」
「やっぱこの方がいいや。髪長いのも悪く無いけど、おまえ別にオンナじゃないし」

いつものおまえの方が百万倍良い。大好きと言われて目を丸くした。

「あーあ、コスプレも気分変わっていいかと思ったけど、やっぱホンモノには敵わないよなあ」

ウイッグを溜息まじりに見詰めながら言う。

「なあ、菓子食うの遅くなるけど、今のままで街ん中もう一周して来ねえ?」
「ぼくは――――うん」

躊躇いの後、微笑みが顔中に広がるのが解る。

「いいよ。ぼくもこのままでキミと歩きたかった」


いつもなら絶対にしないこと。

手を繋いで人前を堂々と歩かない。

親友以上に見えるような特別に親しそうな行動はしない。


それら全てを放り投げて、ぼくは彼と手を繋いだままついさっき歩いた商店街をもう一度歩いた。

途中、進藤は邪魔だからとウイッグを捨ててしまって、でもぼくもそれを止めなかった。



あんなものいらない。

ぼくは女の子じゃなくてもいい。

ぼくをぼくとして好きで居てくれる彼がいるから。



戻ったら怒られるのが確実な長い時間をゆっくりと歩き、とどめに碁会所の入り口でさすがにそっとキスをしてから、ぼく達はエレベーターに乗った。

そして、今か今かと結果を聞きたくて待ち構えているであろう市河さんの元へ、意気揚々と戻ったのだった。


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おやつ遅刻。ウイッグ無くす。そのくせ反省の色が無い。その3点で市河さんにガンガンにゴンゴンに怒られます。17くらいかな?の二人です。


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