SS‐DIARY

2012年07月20日(金) (SS)芸能界は嫌いです


腹が立ったのは、その瞬間、進藤が非道く嬉しそうな顔をしたからだった。

「皆さん素敵な方ばかりですが、特に進藤さんなんか私のタイプですね」

お付き合いしていただきたいくらいですと目の前の女性に言われ、彼は満面の笑みでありがとうございますと返したのだ。

最近人気だというアイドルグループと囲碁棋士なんて、こんな馬鹿げた組み合わせを一体誰が考えたんだろう?

いくら若い人にも興味を持ってもらうためとは言え、安易にも程があると思う。

企画は、メンバーの内の一人が1日棋士体験ということで棋院で体験教室を受け、その後若手数人と(しかも男ばかりだ)雑談というかトークをするというものだった。

囲碁はぼくが受け持って、進藤は直接関わっていない。

にも関わらず彼女の視線は最初から進藤にのみ注がれていて、案の定『棋士の印象は?』という質問に隠すことなく進藤が良いと言ったのである。

「失礼になってしまうかもですが、進藤さんて、あんまり囲碁って印象無いですよね? このまま局に戻って一緒に番組に出てもきっと違和感無いですよ」
「そうですか? でもおれ、人前で喋るの苦手だから」

一応ぼくや和谷くん、伊角さんなど他の面子にも平等に話を振っているのだが、声の温度差があまりにもありすぎて、和谷くんなんかはカメラが向いていない時に苦笑してしまっていた。

「もし芸能界に興味がありましたら、△○美にメール下さいね。後でアドレスお知らせしますから」
「じゃあ△○美さんも、もし本格的に囲碁を始めてみたくなったら連絡下さい」

あまりに不愉快で、あまりに腹が立って、耳が拒否しているので彼女の名前が聞き取れない。

「それでは、△○美の1日体験、終わりま〜す♪」

ありがとうございましたと、そこで収録は終わったのだが彼女はその後本当に携帯を出して、進藤とアドレスの交換をしていた。

絶対お返事下さいねと微かに声も漏れ聞こえ、更にぼくの機嫌は悪くなっていったのだけれど、極悪人の進藤は彼女と別れるや否やご機嫌な顔でぼくの元にやって来たのだった。

「塔矢ー、和谷達とメシ食いに行こう」

ついほんの数秒前、アイドルに向けていたのと同じ笑みをぼくにも向けて来るものだから我慢もとうとう限界となった。

「一メートル以内に近づくな」
「あれ? もしかして怒ってる? なんで?」

なんでって、さっきまでのあの状況でよくもそんなことが言えるものだと言葉に冷気を含ませて言ってやる。

「当たり前だろう、浮気した恋人と仲良く昼を食べに行く程ぼくは人間出来ていないよ」
「浮気なんておれしたっけ?」
「アイドルに好みのタイプだなんて言われてやに下がっていたじゃないか」
「あー…」
「キミ、愛想良くぼくの目の前でアドレスの交換までしていたのに、それでも浮気じゃないんだって?」
「だってスゲエ嬉しかったし」

ぬけぬけと言うのに血管が切れそうになる。

「そうか、そんなに嬉しかったか」
「うん、だってあの子、収録始まる前はおまえがタイプだって言ってたからさあ」

ぶん殴ろうと振り上げた手がふにゃりと途中で力を無くした。

「は?」
「マネージャーと最初に挨拶に来たじゃんか。あの時、ぼそぼそ喋ってんのが聞こえてさ、この面子の中では塔矢サンが一番格好いい。出来ればお持ち帰りしたーい、なんて腹立つこと言ってたから」

ころりと趣旨替えしてくれてすっごく嬉しかったのだと進藤は言う。

「は…え?…」
「おまえあの子に指導碁した時、結構厳しかっただろう、あれできっと引いちゃったんだと思うな」

その上、その後もずっと怖い顔して睨んでいるから完璧に圏外になったんだと思うぜとにっこりと言われて何も言い返せなかった。

「だって…それは彼女が…ずっとキミのことばかり見ているから」
「おれじゃないよ。少なくとも最初はおれじゃなくて、おれの真隣にいるおまえのことを見ていたんだ」

そうだっただろうか? 言われてみればそうなような気もするけれど自信が無い。

「だからって何でキミに」
「第一希望がダメだったから第二希望。そんだけのことだろ」

ホント女ってしたたかだよなと笑われて、本気で情けない気持ちになった。

じゃあ何か、ぼくは勘違いして一人で空回っていたというのか。

「あ、でも…アドレス! キミ、携帯のアドレスを交換していたじゃないか!」
「あー、あれね」

言いながら進藤は携帯を取り出すと、手元で素早く操作してからぼくにぽいっと放って寄越した。

「確認していいよ。たった今、着信拒否に設定したから」

これで完了。問題無しと言われてぼくは手の中の携帯を見下ろしてしまった。

「確かめないん?」
「いや、いい。…もう充分だ」

ここまで言うからには進藤は本当に着信拒否をしているはずで、だったら浮気も、ぼくの勘違いだったんだろう。

自分の間抜けさと嫉妬深さを思い知るにはもう充分だからと言ったら進藤はさも嬉しそうに、にやっと笑った。

「なんだ、もうこれで終わりなんだ。もっとねちねち追求してくれても良かったのに」
「…キミ、時々びっくりするほど意地が悪いよね」
「だってこんなことでも無いと、おまえ滅多に妬いてもくれないだろう?」

さてそれじゃと、呼んでいる和谷くんに「今行く」とぶっきらぼうに返事してから、進藤はぼくの耳にこそっと小さく囁いた。

「おまえがいつ、どこからどんなふうにあの子に焼き餅妬いたのか、詳細漏らさず教えて貰うからな」

今夜と、するりと腰を撫でながら言う。

それはほんの一瞬だったけれど、自分が何をされるかぼくが知るには充分だった。


明日はきっと起きられまい。

キツイお仕置きか、はたまた愛撫か、そのどちらを与えられるのかはわからなかったが、どのみちそんなに大差は無いと、ぼくは大きな溜息をつきながら、すっかり餓えた男の目になった進藤を諦めの気持ちで眺めたのだった。


※※※※※※※※※※※※※
まあ大変。←おい。


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