その日塔矢は珍しく、限界を超えて飲んでいた。
大丈夫かなと心配する程杯を重ね、案の定帰る頃には1人でまともに立っていられなくなっていた。
「ほら、家に着いたから」
ドアを開け引きずるように家に入れると、靴も脱がずに上がり框にぺたりと寝そべる。
「もう、このまま寝ちゃえよおまえ」
だから部屋まで根性で歩けと言うのに首を振る。
「嫌だ、体がベタベタするからお風呂に入りたい」 「わかった、ちょっと待ってろ」
こういう時、一緒に暮らしていて良かったなと思う。
幾ら恋人同士でも人の家だと思うと遠慮があってどこまで手を出していいか解らないけれど、同居していれば自分の家なので思うままに振る舞える。
「もうちょっとでお湯溜まるから、もう服脱いでろよ」 「…脱がして」 「はぁ?」
正気の時なら死んでも言わない言葉に目を剥いたけれど、何しろ相手は酔っぱらいなので逆らわない。
「ほら、脱がしてやったから、風呂行くぞ」 「洗って」 「はぁぁ?」 「疲れてもう動きたくない。だからキミが洗ってくれ」 「はいはいはいはい、解ったよ」
溜息をつきつつバスタブの湯を半分程に減らし、連れて来た塔矢を抱き上げて浸けてやる。そして風呂に入れたまま、髪から体から、石鹸とシャンプーで綺麗に全身洗ってやった。
このやり方は以前、似たようなことになった時に思いついたもので、これだと双方苦労しないで楽に洗える。
最後にお湯を抜いて、シャワーで流してやれば完成だ。
「出られるか? 体拭ける?」 「無理、拭いて」 「あー、もう仕方ないな」
手を貸してやりながらバスタブから引き上げて、脱衣所で座り込む体を拭いてやる。
(今日はマジで飲んだもんなあ)
無理も無い。今日は塔矢の棋聖就任の祝賀会で、余程嬉しかったのだろう、普段なら自制する所を勧められるまま飲んでいた。
「まあ…今日くらい別にいいと思うけど」
こいつ一人だったらどうするつもりだったんだろうと思ってしまう。
「一人だったらあんなに飲まなかった。キミが居るから」
キミが居るから飲んだんだと、まるで人の心を読んだかのように塔矢は呟いた。
「ほら、パジャマ」 「着せて」 「ボタンくらい留めろよ」 「出来ない、やって」 「髪も乾いたし、寝室行こう」 「…抱っこ」
座り込んだ姿勢から、小さな子どものように両手を差し出されて力が抜けた。
「おまえ〜〜〜〜〜凶悪〜〜〜〜マジ始末悪い」
それでも酔っぱらい様はどうしてもおれに抱いて連れて行って欲しいらしく、じっとおれを見詰めたまま、いつまでも手を下げないので根負けした。
「はいはいはいはい。もういいよどうでも」
大きく溜息をついて塔矢を姫抱っこで抱き上げる。
ぶつけないように気をつけて運んで寝室に入ってベッドの上に横たえた。
「電気消すぞ」 「………いい子、いい子して」 「わ――――――――――――――――――――かった。わかった。可愛いな。もうクソこん畜生」
そして隣に寝そべると、すりすりと嬉しそうに寄って来た。
その背中を抱きかかえ、反対の手で頭をそっと撫でてやる。
「はい、いい子、いい子」
すうと、塔矢が寝落ちるまで物の5秒もかからなかった。
(まったく)
安らかな寝息を聞きながら、今夜最大の溜息が口からこぼれた。
好き勝手な我が侭尽くしで酔っぱらいは本当に始末が悪いと思ったのだ。
(普段は絶対言わないくせに)
こういう時だけ甘えてくるのも始末が悪い。
でも何が一番始末が悪いかというと、こんなに惜しみなく可愛さを振りまいておいて、翌朝にはいつもの素っ気ない塔矢に戻ってしまうこと。
そしてたぶん恐らくは、このことを欠片も覚えてはおらず、おれが微に入り細に入り説明しても全く信じないだろうということなのだった。
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ちなみに棋聖の座を奪われた人はヒカルですよ。ええ。 だから余計に嬉しかったわけです。←ひでえ。
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