| 2012年07月09日(月) |
(SS)人、それを言いがかりと言う |
「ごーめん、ごめん、寝坊しちゃってさぁ」
向こうから走って来るのは進藤だ。
「悪ぃ、かなり待った?」 「待ったとも。もう待ちくたびれて帰ろうかと思っていたくらいだ」 「えーっ、なんで? だって折角の一年に一度のデートじゃん」 「その一年に一度しか無い逢瀬に堂々と遅刻してくるような伴侶を持った覚 えは無いね」
進藤が悪びれ無いのが更にムカつく。
会いたくて会いたくて、ずっとこの日を楽しみにして、指折り数えるくらいだったのに、相手にとっては寝坊して遅刻出来てしまうくらい軽い約束なのだと思うと心底悔しい。
(所詮、恋しく思っているのはぼくだけということなのか)
考えると本気で泣けてしまいそうなので、置き去りにして帰ろうかと歩きかけたら袖をぐいっと掴まれた。
「待ってって! おまえ本当に何年経っても短気だよなあ」
その癖いい加減、直した方がいいぜと言われてとうとうぶちキレた。
「キミが悪いんだろう! キミがっ」
今日だってぼくは約束の時間よりずっと早く来てキミを待ってた。なのにいつまで経っても来ないかと思えば、呑気に寝ていたなんてあんまりだと、言いながら我慢しきれず涙が滲む。
「あー…ごめん、でもさぁ、だって仕方無いじゃん」
会いたくて会いたくて、もうずーっと前から楽しみにしていて、夕べなんか嬉しさのあまりいつまで経っても寝付けなくて、ほとんど徹夜なんだからさと、ぼりぼりと頭を搔いて進藤が言う。
「本当はそのまま寝ないで起きていようと思ったんだって、でもちょっと気を抜いた隙に眠っちゃって…」
目が覚めて時間見て真っ青になったよと気まずそうに言う。
「これでも全速力で駆けて来たんだって、おまえ帰っちゃったらどうしようって、それが凄く怖くって」
でも居てくれて良かったと、掴んだ腕にすがるようにして言う。
「ありがとう。怒ってても、おれのこと待っててくれてありがとうな」 「そんな…そんなお礼を言うくらいなら…」
来年は遅刻せず会いに来いと、振り返りそのまま進藤の胸に抱きついた。
「待っている間、ぼくがどんな気持ちで居たか思い知れ」 「――――うん」
うん、うん、ごめんなと、囁かれて抱きしめられて、温かさの中で号泣した。
一年に一度、七月七日のこの短すぎるぼく達の逢瀬。
「…って夢を見たんだ」
会うなりむすっとした顔でそう告げられて対処に困る。
「それって何? おれが彦星でおまえが織り姫だったってこと?」 「そうみたいだね。…配役に納得はいかないけれど」
七夕の二人ほどでは無いけれど、おれと塔矢も会えない時期が続いた後の、今日は久しぶりのデートだった。
「で、おれはどうすりゃいいわけ? 織り姫さん」 「織り姫じゃない! それにそういう夢を見たってだけで夢と現実は関係無いから」 「でもおまえ見るからに怒ってるじゃん」
人によっては感情が見えにくいと有名な塔矢だけれど、おれにとっては喜怒哀楽全てが顔に描いてあるようによく解る。
特に不機嫌はおれに隠そうとしないので怒りのオーラが見えそうなくらい感情のささくれがよく解った。
「それは…あんないい加減な彦星では」
腹も立つものだろうと言われても返事のしようが無い。
「ちなみにおれ、今日遅刻して無いよ」 「だから現実とは関係無いって言っているだろう」
支離滅裂で手のつけようが無い。
「じゃあ今日は止める?」 「は? 二ヶ月ぶりに会うって言うのに、それを反故にするつもりか?」 「だったらいい加減機嫌直せよ」 「最初から別に怒ってなんかいない。ただ…」 「ただ?」 「ただ…夢の中でも現実でもぼくの方がキミのことを好きだってことが悔しくて情けなかっただけだ」
そう言った時の塔矢は本当に非道く悔しそうだった。
「そうかな?」
おれとしては、おれの方が塔矢の数百倍、塔矢のことを好きだと思っているのだけれど。
「…そうだよ。その証拠に夕べあまり眠れなくて、だからあんな変な夢を見たんだから」
キミなんか夢も見ないで眠っていただろうと言われて、その通りなので素直に謝る。
「ゴメンナサイ」 「ああ…どうしてぼくは、キミなんかをこんなに好きなんだろう…」 「それはやっぱりおれが男前だから」 「一遍どこかで死んで来いっ!」
怒鳴られてぶん殴られて、でもそれからすぐに泣きそうな顔で訂正された。
「ごめん。嘘だ、絶対死んではダメだ」
ぶっと、堪えきれずに笑ったらもう一度思いきりぶん殴られた。
(こいつ、本当にマジ可愛い)
織り姫でも塔矢でも、おれの恋人は最高に可愛くて愛おしい。
だからもう絶対に遅刻なんかして泣かせちゃダメだぞと、おれは夢の中でおれだったらしい彦星に向かって、そっと心の中だけで忠告の言葉を呟いたのだった。
※※※※※※※※※※
最初のへらへらとしたヒカル(彦星)がなんか書きたかったのデス。
|