「あれっ? 昨日七夕だったんじゃん」
カレンダーを見ていた進藤が責めるようにぼくを振り返った。
「なんで教えてくれないんだよ」 「昨日は七日だったし、街中にはやたら笹飾りがあったし、あれで気がつか ない方がどうかしていると思うけど」
とは言うものの、ぼくも昨日が七日だという認識はあったけれど七夕だということはすっかりと失念していた。
「あーあ、そういや昨日も雨だったよなあ、オリヒメとヒコボシはちゃんと会えたんかな」 「さあ…どうだろう。小雨だったからもしかしたら会えたかもしれないし」
それとも天の川はこちらと違って豪雨だっただろうか?
「一年に一回しか会えないのに、雨だったら滅茶ショックだろうなあ」 「それはいいけど、キミ、もしかして七夕を忘れていて残念がったのって、 それにちなんで何かをやりたかったわけじゃなくて、単純に二人の逢瀬を祈れなかったから?」
すると進藤は何を今更という顔をしてぼくに言った。
「あったり前だろ」
イマドキ、幼稚園の子どもだって本気で織り姫、彦星を信じているかどうか怪しいのに、この二十歳をとうに過ぎた男前は未だにそれを信じているのだろうか。
「あのね…進藤、天の川って言うのは本当の川じゃなくてね…」
躊躇いながら説明しかけると、「知ってるって」と遮られた。
「幾らおれだって、そのくらい知ってるっての。でもさ、そういうこと解っていてもさ、雨が降ったら会えないとかって可哀想だなって思うじゃん」
だってもし、おれだったら耐えられない。
一年に一度しかおまえに会えないだけでも耐えられないと思うのに、待ちわびたその日が雨で会えなかったりしたら最悪だと言う。
「もしそんなことになったら、おれはきっと全力で、全世界を呪うね」 「キミは――」
馬鹿だなあと思う。
そもそも二人は遊びほうけ、自分達の仕事を放り出したから罰を受けているのだというのに。
(それでも、そんな二人にもキミは同情しちゃうのか)
そんなキミがとても好きだと思う。
「なんだよ? なんか文句あるかよ」 「ぼくだったら、これくらいの小雨なら根性で天の川を渡るけれど」
「は?」 「豪雨で川が氾濫していたとしても、無理矢理にでも渡れる方法を探して意 地でも会いに行くと思うな」
「…力ずく織り姫」 「別に、ぼくは織り姫の方じゃ…」
それでもそう、もし本当にぼくが織り姫だったなら天気を嘆いて待っていたりなんかしない。
「だったらおれも頑張らなきゃかな」 「七夕の話だったんじゃないのか?」
「ん? そーなんだけど、だっておれの織り姫様がそこまでおれのためにしてくれる覚悟があるって言うならさ、おれも色々腹くくらなきゃじゃん」
ずっと隠して来たけれど、手始めにみんなにカミングアウトでもしてみる?と尋ねられ、その後に起こる騒ぎを想像して頭を抱えた。
「それは…氾濫を通り越して、決壊、災害レベルだよね」 「うん。でもおれは今、戦艦作ってもいいくらいの気持ちになってるけど?」
なるほど、ぼくの彦星も牽牛よりもずっと甲斐性も根性もあるらしい。
「じゃあぼくは、万一波に飲まれても溺れないように、ダイビング用品一式を用意しておこうか」 「言うじゃん」
もちろんこれは戯れ言で、本当にいきなり二人の関係をおおっぴらにするというわけでは無い。
(でも少なくとも覚悟は出来た)
思いがけず七夕のおかげで、お互いの認識と覚悟を確認することが出来てしまった。
「まあ、でも実際、そんな心配してないけどな」 「どうして?」
「だっておれら、オリヒメとヒコボシみたいに遊びほうけることも無く、毎日真面目に打ってるじゃん」
彼の言葉に納得する。
「…確かに」
なのに責められる謂れはどこにも無いと、楽天家の彼に引きずられ、普段なら有り得ないくらい未来にポジティブな気持ちになったぼくは、思わず笑ってしまったのだった。
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