| 2012年07月01日(日) |
(SS)一年説もあるらしい |
おれなんかよりずっと頭が良いくせに、時々塔矢は突拍子も無いことをする。
先日の手合いの時もそうだ。
朝、六階で下りたら、いきなり塔矢が小走りにやって来て、おはようも何も無くいきなりおれの手を握ったのだ。
「は? なっ、何?」
嬉しいけれど衆人環視の中、一体こいつは何をやっているのだと真っ赤になって尋ねると、塔矢はぽつり言った。
「一年八ヶ月なんだそうだ」 「は?」 「昨日、心理学の先生の講演を聞きに行って来たのだけれど、その中で恋愛期間はどんなに長くても一年八ヶ月しか続かないと言っていたんだ」
一緒に居るとドキドキして、いつも相手のことばかり考えてしまう。そんな蜜月は最長でもその期間しか無く、後はゆっくりと醒めて行ってしまうものなのだと。
「キミとぼくが出会ってから十年近く経つよね?」 「お…おう」 「でもこうしてキミに触れるとまだこんなにドキドキするし、会えないと会いたくて苦しくなる」
心理学的におかしいと思わないかと言われているおれの方が既にドキドキで心臓が飛び出しそうだ。
「キミはどうだ? こんなに経つからぼくに醒めたか?」 「いや…そんなわけねっつーか、その前に場所考えろよ」
てんでんばらばらに過ごしていた皆が目を剥いておれ達を見詰めている。
でも加速した塔矢アキラ様は止らない。
「だってすごく不思議で…一年八ヶ月過ぎても状態が変わらないということは、ぼくがキミに抱いているのは恋愛感情じゃないんじゃないのか?」
「恋愛に決まってんだろ、恋愛に! ドキドキするのどーのとか、いつも相手のことばっか考えてるなんておれだって今でもそーだよ。そんなもん人によって違うんだから一々他人の言葉鵜呑みにすんな!」
「そうか…そうだよね」
凍り付いた周囲とは逆に塔矢は春のように温かな笑みを浮かべた。
「じゃあ、いつも手を繋いで歩くとか、暇さえあればキスをするとか、そういうのも無くなって来るって先生は言っていたけれど、必ずしもそうってことは無いんだよね?」
「おう、おれは桑原のじーちゃんぐらいの年になってもおまえときっちり手ぇ繋ぐし、死ぬまでずっとキスしまくってやるって」 「うん、ありがとう」
おかげで疑問が解けてすっきりした。清々しい気持ちで打てそうだと塔矢はにこにこと去って行ったけれど、お陰様で俺様はみんなの余所余所しい空気と冷たい視線を一身に浴び、心の深い傷もあって、その日は散々な内容で終わったのだった。
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