| 2011年06月27日(月) |
(SS)マイノリティ・続き |
こんな物で騙されないよ。
そう言ったのに進藤は、「まあいいじゃん」と笑いながらぼくの指におもちゃの指輪をそっとはめた。
二人で買い物に来て、ほんの少し喧嘩っぽいことになり、けれどすぐに仲直りをして買い物を終えた。
その帰り際、彼は急に思いついたように出入り口の所にあった機械に向かったのだった。
「なに?」 「んー、ガチャ」
昔やらなかった? と言われて指さされたのは百円玉を入れてダイヤルを回すとカプセルに入ったおもちゃが出てくるという物で、見たことはあるけれどやったことは無かった。
「ぼくの家は厳しかったから」
そういうのはやらせて貰えなかったなあと言ったらふうんと彼は生返事をした。
「…やるのか?」
どれも大の大人が欲しがるような物では無いと思えるのに、進藤は頷くとポケットから財布を出して百円玉をその機械の中に落とし込んだ。
ガチャガチャ、ガチャポン、ガチャ。
色々な呼び方をされているということだけは知っているそれは、名前の通りガチャリと音を立てるとカプセルを一つ吐き出した。
「ん、こんなん出た」
振り返った進藤が見せてくれたのはキラキラと輝く小さなピンクの石のついた玩具の指輪で、どうするんだこんなものと反射的に思った。
「おまえにやるよ、これ」 「え?」 「婚約指輪…なんてな」
ああ、最初からそういうつもりでやったのかと、ぼくはぼんやりと思った。
というのは買い物途中でした喧嘩のような物は、彼とぼくが生涯正式には『夫婦』になれないということから来ていたものだったからだ。
「いらないよ、そんな…小さい女の子がするようなものじゃないか」 「でも、後ろでサイズ調節出来るし、おまえ指そんなに太く無いから出来るんじゃね?」
噛み合っているようでまるで噛み合っていない会話にぼくは少し苛立った。
「あのね、そんなもので騙されないよ」 「何が?」 「そんな玩具の指輪でぼくが喜ぶとでも思っているのか?」
機嫌を取るにしても随分安すぎると言ったら進藤は一瞬きょとんとしたような顔になって、それから苦笑のように笑った。
「なんだよ、マジな石の付いたのが欲しいのかよ」 「違っ…」
じゃあそれは今度手合い料が入ったらなと、やはり彼はぼくの言葉をちゃんと聞いてはいない。
(それとも解って言っているのかな)
さっきの話の続きだ。
例え給料の三ヶ月分を使って指輪を買って婚約指輪だと言っても、きっと誰も認めてはくれない。
婚約も結婚も公に認められることは決して無く、指輪はただの指輪で、婚約指輪になることは無いのだ。
ぼく達の関係はそんなふうに、真面目に話せばどうしても儚いものになってしまうから。
「…そういう事を言ってるんじゃない。元々ぼくはアクセサリーは嫌いだし」 「まあそう言うなって」
きっとこれ、おまえに似合うからと有無を言わさず手を引いて、ぼくの指にはめてしまう。それも左手の薬指にだ。
「ほら、ぴったりじゃん」
似合う、似合うと嬉しそうに言うのを軽く睨む。
「どうしてキミはそうやって人の言うことを聞かないんだ」
苛立ちを隠さない声だったのに進藤は怯まず、逆に思いがけず真面目な顔で見返された。
「だっておまえがおれの言うことを聞いてくれないから」 「ぼくが?」 「さっき話したばっかりじゃん。誰に認めて貰えなくてもおれ達が自分らで『夫婦』って思ってたらそれで夫婦って」
だから指輪も、玩具でもなんでもおれが婚約指輪だって言えば婚約指輪なんだよと進藤は言った。
「もしホンモノが欲しいんだったらちゃんと後で買ってやるよ」 「…ぼくは指輪なんか欲しく無い」 「なんで?」 「そんなもので繋ぐことなんか出来ないじゃないか」 「それでもおれ、贈りたくなったから」
伴侶であるおまえに、今すぐに形のあるものを渡してやりたくなったからと言われてぐっと胸に来るものがあった。
「いいじゃん? こんなちゃっちい指輪でもさ。きっといい思い出ってヤツになると思うし」
形があれば今こうして話したことも思い出せる。何年経っても、記憶は薄れずに、今この瞬間の気持ちと共に残るのだと。
「…仕方無いな」 「お、素直にはめて帰る気になった?」 「はめては帰るけど、でもそれだったらキミもだ」 「は?」
首を傾げる彼の前でぼくは自分の財布から百円玉を取り出して、目の前の機械に落とし込んだ。
そして少し硬いそのダイヤルをゆっくりと回す。ガチャリと音がしてカプセルが一つ吐き出された。
「ほら、指貸して」
出て来たのはぼくが彼に貰ったのとよく似た緑色の石の指輪で、ああこの色なら彼に似合うとこっそり思った。
「指って…なんで??」 「貰いっぱなしって言うのは嫌なんだ。キミがこれを婚約指輪だって言うならぼくだってキミに婚約指輪を贈りたい」
もちろん受け取ってくれるよねとにっこり笑って迫ったら、進藤は一瞬情けない顔になって、でも嫌だとは言わなかった。
「ちぇーっ、仕方無いの」
そして観念したようにぼくの前に左手を差し出すので、ぼくは苦笑しながらその薬指に指輪をはめてやった。
「お揃いだ」 「うん。そうだな」
こそばゆいような顔をして、進藤は指輪のはまった指を見た。
人が見れば滑稽だろう。大の大人が二人して、競い合うように玩具を出して、それを互いの指にはめ合うなんて。
でもぼくは満足した。こんなすぐに壊れてしまいそうな安っぽい玩具の指輪なのに、それでも贈ったら非道く心が満たされたのだ。
「…なるほど」
彼の言う通り、形のある物も良いものなのかもしれない。だって間違い無くぼくは、この指輪を見るたびに今のこの満足した気持ちを思い出すだろうから。
「キミの気持ちが少しだけ解ったような気がする」 「だろ?」 「でも…だったらキミもそんな不満そうな顔をするんじゃない」 「悪かった。おまえに婚約指輪を貰えて光栄デス」 「バカ」
本当にバカだなと睨みながら足を蹴る。
その彼の足元には5個入りのティッシュがあり、ぼく達が手に下げているのはスーパーの袋だった。
なのにそのぼく達の指には玩具でも婚約指輪が光っていて、そこだけが日常からほんの少し浮いていた。
(でも、これでいいのかもしれない)
滑稽なら滑稽でそれで上等。
指輪が玩具でも気持ちが本物ならばそれでいい。
だってぼく達はままごとでは無く、真面目に愛し合い、現実を二人で生きているのだから。
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昨日の続きです。まあもう一緒に暮らしていて、事実上も気持ち上も夫婦なんだから婚約指輪も何も無いですが、まだ何も交わしていない二人なので取りあえず。
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