一体何がいけなかったのかと言えば、うっかり飲み過ぎて進藤の部屋に無理矢理泊らせてもらったことが悪かった。
最近恋人が出来たらしく、めっきりおれ達を泊めなくなった進藤だけど、今日はその相手がいないらしく、そしておれがあまりにも正体不明になっていたので帰らせるのを断念して連れて来て泊めてくれたのだった。
「おい、起きろよ和谷」
朝、起きた時にはまだ二日酔いで頭ガンガン。
けれど同じ仕事で出かける予定の進藤はもうとっくにスーツに着替えていて、おれを情け容赦無く揺さぶり起こした。
「もう八時五分前だっての。早く行かないと遅刻すんぞ」
そしてまだ呻いているおれに胃薬と冷たい水を渡してくれた。
「おれのスーツ貸してやるから今日はそれ着ていけよ。今日は無理だろ」
食べこぼしやらなんやらで染みになってるし、洗濯して後で返してやるからと言われて恩にきる。
「悪ぃ…マジ助かるわ」
薬を飲んでよろよろとスーツに着替える。
進藤とおれは元々そんなに体型が違わず、最近憎らしいことにちょっとばかり進藤のほうが胸板が厚くなってきているけれど、まだ大差は無いので貸し借りが出来る。
(これが伊角さんだと足の長さが違うから借りれないんだよなあ)
などなど、しょうもないことを考えながらどうにかこうにか体裁を整えた。
今日あるのは若手を集めた雑誌の取材で、手合いだったらあんなに飲まなかったのに、取材だからと気を緩めたのが覿面に来た。
「あ−、おれ今日手合いだったらマジボロ負けだった」 「だから言ったじゃん。ほどほどにしとけって」
最後に飲んだ升酒がいけなかったんだよと進藤に説教されるのは悔しいが、へべれけのおれを介抱して泊めてくれた恩義があるので逆らわない。
そしてようやくたどり着いた棋院。
同じ取材を受ける伊角さんや越智、奈瀬はもう来ていて、そこにおれ達が合流してそのまま取材が始まった。
対談形式のインタビューと写真撮影。
テーマが『院生』ということで、院生時代からの知り合いが集められたというわけだ。
雑談風に気軽に話してくれていいからと言われて喋ったものの、実際何を言ったのかろくに覚えていない。
一秒ごとに襲って来る吐き気と頭痛を堪えるのに必死で、取材が終わった時もしばらくそれに気がつかなかったくらいだ。
「おい、和谷。この後みんなで昼メシ食いに行くんだけどおまえどうする」 「無理…おれこのままここでしばらく寝てる」
記者室のソファに縮こまるようにして横たわると、進藤が溜息をついておれに上着をかけてくれた。
「帰りになんか食べやすいもんとポカリ買って来るから、それまでここで待ってろよな」 「サンキュ。頼むわ」
そして眩しいのが嫌で借りた上着を頭から被って横たわっていたら、しばらくしてふいに記者室のドアが開いた。
進藤が言い忘れでもして戻って来たのかと思ったのでそのまま動かずにいたら、ゆっくりと足音が近付いて来て、ソファの背に手がかけられたのが、きゅっという合皮のしなりでわかった。
「進藤」
ぽつりと呼びかけて来たのは塔矢の声で、ああそういえば塔矢にも別口で取材があるとか言っていたなと、さっき話していた記者の人の言葉を思い出した。
「進藤、寝ているのか?」
うるせーなー、おれ進藤じゃないってわかんねーのかよと思いながら、でも頭の痛さに返事が出来ず、身動きだけで返したら息を飲んだような気配があった。
「…まだそんなに怒っているのか」
しばらく黙った後、塔矢が言う。思いがけず萎れたような声にあれっと思った。
(なんだよ、こいつらまた喧嘩でもしたんかよ)
そういえば昨日の飲み会にも進藤は塔矢を連れて来なかった。
おれが迷惑と言い張っても、機会があれば当然のように連れて来るので不思議だったのだが、なるほどそういうことだったのか。
「…この間のことはぼくが悪かった」
おいおい、塔矢おれだって気がつかずに謝り始めちゃったよ。まあ確かに今のおれは上から下まで進藤の借り物を着ている。しかも蹲った状態に頭から上着じゃ誤解するのも無理は無いかもしれない。
「あれからずっとキミから連絡が無くて…それが」
寂しかったと言われた時に、何故だか背筋がざわっとした。
あれ? あれれれ? なんかこの雰囲気おかしくないか?
「キミが許してくれなくても仕方無いけれど、でも…頼むから機嫌を直してくれないか」 「と」
塔矢、違う、人違いおれだから! 進藤じゃねーからと言いかけた言葉を思わず飲み込んだのは、塔矢がとんでも無いことを言ったからだった。
「ぼくはキミが好きだよ。ずっと…ずっとキミだけが好きだから」
だから許してくれるなら今夜は家に入れてくれないかと。
そして言いたいことだけ言って、塔矢は部屋を出て行ってしまった。
コツコツと足音が遠ざかり、完全に聞こえ無くなってから上着を外す。
「まっ」
マジかよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。
確かにあいつら出来てんじゃね? とか思ったこともあるけれど、まさかマジでそうだったとは。
そして進藤が部屋におれらを呼ばない理由が、さっき言ったように塔矢がしょっちゅう入り浸っているからだったなんて。
(信じられねえ)
いや、有る意味信じられると言えば信じられるんだけど、どうしてもびっくりしたが先に来てしまう。
「…でも、あいつでもあんなしおらしい声出すんだなあ」
普段見かける進藤達はいつも怒鳴り合っているばかりなのに、二人だけの時にはおれ達の知らない顔で笑い合っていたりもするのかもしれない。
「だからって…なあ?」
いきなり知らされた事実の重さに再び頭痛に襲われていると、元気のいい足音と共に進藤が皆と一緒に戻って来た。
「和谷、どうだ? 少しは良くなったか?」 「いや…最悪。もう死ぬかも」
色んな意味でと思いながら進藤を見る。
「ヨーグルトとプリンと、後なんかカットフルーツの詰め合わせとサンドイッチ。後ポカリも買って来たからどれでも好きなもん食えよな」 「ああ、サンキュ。後もう少ししてから食わして貰う」 「なんだよ。まだそんなに悪いんかよ。なんだったらまた今日もおれんち泊るか?」
げっと心の中で叫んでおれは断った。
「いや、いい。マジでいい。今日はおれ帰るから。この服も後でクリーニングして返すからおれの服もそのうち手合いの時でも持って来て」 「いいよ別にクリーニングなんて。そんな大層なもんでも無いし。それよか本当に泊っていかなくて大丈夫か?」 「大丈夫! それよりおまえこそ今日はどこにも寄らずにまっすぐ帰れ。それでたまには大人しく夜遊びせずに家にいろよな」 「なんだよそれ?」 「なんでもいいから言う通りにしろっ!」
おまえのためを思って言ってやってるんだからと言うのに、何かぴんと来るものがあったらしい。進藤はにやっと笑っておれを見た。
「…よくわかんねーけど、じゃあ言う通りにしようかな」 「ああ、しろしろ」
おれのためにもそうしてくれと懇願するように言ったら進藤は緩んだ顔のまま、じゃあ帰るわとおれに言った。
「そうだ…」 「なんだよ」 「うん、まあ、気のせいかもしんないけどさ、もしも…うん。もしなんか『と』がつくヤツのことでなんかあったんだとしたら後で詳しくおれに教えて」
了解とおれは言ったのか言わなかったのか。
とにかく激しくなる一方の頭痛と吐き気に悩まされてもうまともな思考は出来なくなっていた。
でもとにかく絶対にこれだけはこれから気をつけようと思ったことが一つ。
今後一切、進藤の部屋には遊びに行くまい。そして飲み過ぎてやむなく泊らなければならないような事態も起こすまい。
らしくなく可愛らしくなった塔矢アキラと、亭主ヅラした進藤があの部屋でいちゃついている所に乱入なんておれは死んでもしたく無いから。
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