実際にそんな出来事は無かったのに、ふとした時に頭をよぎるイメージがある。
それは雨の中、進藤とぼくが傘も差さずに歩いている光景だ。
ぼくは海王の制服を着ていて、彼もまた葉瀬中の学ランを着ている。
雨はどしゃ降りで、なのにぼく達は傘を持たず、二人で手を繋いだまま無言で歩き続けているのだ。
進藤がぼくの少し先を歩き、ぼくはその彼の肩を見詰めながら歩いている。
引っ張られるように、でもぼくもまた彼を離すまいと絡める指に強く力をこめていた。
「…でも、そんなことは無かったんだ」
制服姿のぼく達が一緒に居る機会は非道く少なかった。その中で更にどしゃ降りの中、手を繋いで歩くなんてことがあるわけも無く、もし万一あったならば、いつどんな時と忘れるわけが無かった。
「おれもそーゆーのした記憶無いなあ」
手合いの後、待ち合わせていつものようにカフェに流れ、温かい飲み物を飲みながらぼんやりと語る。
蒸し暑いこの時期、外にいると冷たいものが飲みたくなるのに、こうしてどこか店に入ると温かいものが欲しくなるのは何故だろう。
「そもそもキミ、その頃にぼくと手なんか繋いでくれなかったよね」 「それはおまえの方だろ。おれはずーっと繋ぎたいと思ってたけど、おまえ一分の隙もねーんだもん」 「だってそれは―」
お互いが同じ気持ちだなんて知らなかったから。
そもそもあの頃は、まだ進藤に対する気持ちも自覚はあったけれど淡かった。
「それが今は、あーんなことや、こーんなことまでする仲なんだもんな」
すげえよなおれ達と、にこっと言われてテーブルの下で足を蹴る。
「下品だな、相変わらず」 「恋人同士で下品もクソもないだろ」
かっこつけとかそういうの、無駄な次元で結ばれちゃってるんだからさと言われ、今度は蹴らずに苦笑した。
「まあ…そういうことにしておいてあげてもいいよ」
ぼくもまた、友達以上の関係になって彼の深い部分を露わに見て来た。汚い部分も美しい部分も、そしてその全てがひっくるめてとても愛しいということも今はよく知っている。
「たぶんさ」
しばらくたって、ふっと思いついたように進藤が言った。
「なに?」 「さっきのおまえのイメージって、たぶんおれが思うにさ、ここまで来るまでのおれらのイメージなんじゃねーの」
出会って、意識して、それからなだらかでは無い道を歩いてここまで来た。
その象徴みたいなものが偽の記憶となって焼き付いているのではないかと彼は言う。
「なんでそう思う?」 「んー、なんでかな。いつのおまえも好きだけど、なんかやっぱりおれにとって一番印象強いのって、あの制服着た中学の時のおまえだからかな」
ふうんと頷いて、ああぼくもそうだなと思う。
「あの頃のキミ…非道かったし」 「だからおまえも相当だったって言ってんじゃん」
おれにマジで非道かったよと、お互い様なことを言い合って、それから笑った。
何年後か、それとも何十年後か。
「またもっと年を重ねたら思い出すイメージも変わって来るんだろうか」 「さあね、変わるかもしんないし、変わらないかもしんないし。そんなの年とってみないとわからないじゃん」
でもきっと、一緒に居るのだけは変わらないよと進藤は笑ってテーブルの下でぼくの手をそっと握った。
包み込むような大きな手は、テーブルの上にあるカフェラテのホットよりもずっと温かく優しかった。
「…それは確定なんだ?」 「確定。ガキの頃に出会って、それから死ぬまでずっと一緒におれ達はいんの」
歩む道はどしゃ降りかもしれないし、もっと厳しいものかもしれないし、逆に穏やかな春の日のようなものかもしれない。
「落雷もありかな」 「氷河期もあるかもなあ」
くすくすと笑って、でも決して手は離さない。
見つめ合い、幸せに愛を確かめ合いながら、ぼくはふいに過去の気持ちを張り詰めたぼく達に言ってやりたくなってしまった。
大丈夫。
そう遠く無く、ぼく達はもう少し優しい関係になれるからと。
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