SS‐DIARY

2011年06月10日(金) (SS)マイナートランキライザー


夢見は最悪、何か叫んで目を覚まし、胸を押さえながら周りを見た。

真っ暗な中、最良の精神安定剤を探したのに、すぐに空虚な隣にそういえば進藤は居ないのだったと思い出す。

(島根だっけ)

帰って来るのは二日後で、それまではどんなに恐ろしい夢を見ても一人で耐えなければならない。

(どんな夢を見たのだったかな…)

空いた隣を見詰めながらぼんやりと記憶をたぐる。

「…ああ」

それは彼女の夢だった。

もう何年も会ったことは無いけれど、かつて何回か顔を合わせたことがある進藤の幼馴染み。

その彼女に面と向かって罵倒される夢だった。

『男同士なのに気持ち悪い』
『お願いだからヒカルを取らないで! 私に返して』
『私の方が塔矢くんなんかよりずっとヒカルを幸せにしてあげられる』

カッとして言い返したのだけれど、夢なのでなかなか言葉が声にならず、藻掻き苦しんでようやく叫ぶように言ったのだった。

『進藤はぼくのものだ!』と。



「…浅ましい」

彼女には現在付き合っている恋人がいるらしいと進藤伝いに聞いている。

実際、彼と彼女が連絡を取り合うことも希になっていたし、今更気にすることも無いと解っているのに、それでもまだこんなふうに夢に出る。

「キミが居ないのが悪い」

ぽつんと遠く離れた場所に居る進藤に向かって呟いた。

「キミが側に居ないからぼくは不安になってしまうんだ」

カワイイな。おまえホントカワイイよな。おれがおまえ以外好きになるわけ無いじゃん。だから寝ろ。安心して寝ろよと今この瞬間猛烈に彼に言って欲しかった。

「それはただの夢だよって、言って欲しいのに」

居て欲しい時には居ないんだなと逆恨みのように思う。

「…キミは今頃、明日の夢でも見ているのかな」

ぼくのことなど思い出しもせず、頭の中を今現在向き合っている対局で一杯にしている。それはお互い様なのに、今はとても寂しかった。

「…進藤」

ふと枕の上に置いて寝た携帯を見て視線が止まる。

もしかかって来たらすぐ出られるようにと、こんな場所まで持って来たそれが、微かに点滅している。着信があった証拠だった。

慌てて開いて見て見ると電話では無くメールが彼から届いていた。

書いてあったのはその日のつれづれ。おやつにどら焼きを希望したのに団子を出されたとかくだらないことから、対局相手の小憎たらしい打ち回し、そして見学に来ている緒方さんに、いらんプレッシャーをかけられて閉口したこと等々。

お前が居なくて寂しいとか、いつもの甘口の言葉も羅列されていて、読みながらほっと息を吐いた。

『大好き』
『浮気すんなよ』
『一人で寝るのはつまらない』

そして最後に一つだけ、あっと思うひとことがあった。

『もし怖い夢見ても、おれとおまえは繋がってるから』

だから全然怖くなんか無いよと、その一行を読んだ時にぼくは不覚にも泣いてしまった。

「…うん、そうだね」

見透かしたようにこんなメールを送ってくる。確かに彼とぼくは誰にも解らない深い所でしっかりと繋がっているらしい。

「ありがとう、おやすみ」

携帯に向かって呟いて、それから思い直して口づける。

再び元の場所に置いて目を閉じて、でも不安も寂しさも、もう身のうちには欠片も無かった。

怖い夢は見ない。

もし見ても彼とぼくは繋がっているのだから大丈夫だと、そう心から思えたから。

明日になったら返信しようと思いつつ、ぼくは非道く安らかな気持ちで、一人眠りに落ちたのだった。



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