進藤と住んでいるマンションは、入り口から道路まで整えられたアプローチがあり、庭木や植え込みが綺麗に配置されている。
数ヶ月ごとに剪定されてはいるのだけれど、この時期、一度雨が降ると枝葉の伸びは非常に顕著で、ぼんやりしていると張り出した枝に髪を掬われることになってしまう。
意識していなかったけれど、ぼくはアプローチを通り抜けて道路に出る時、ほぼ同じコースを歩いているらしい。
そして歩き出した瞬間、もう何か先に待っていることを考えていることが多いので、何度も同じ枝にぶつかってしまうのだった。
「おまえさぁ、気をつけないとそのうち目をやるぞ」
一緒に歩いている時、ばさりと頭に葉が当たったのを見て、進藤が呆れたように言ったことがある。
「平気だよ、そこまでぼんやりとは歩いていないし、そのうち剪定も入るだろうし」 「って、もう何度目だよその枝にぶつかるの」
そして大きな溜息をつかれてしまったので、しばらくは気をつけていたけれど、すぐにまたぼんやりと歩いてつっかかるようになってしまう。
そもそも住んでいる場所の敷地内でいつもそんなに気を張っているのが無理なんだと自分で自分に言い訳しつつ、ぼくは結局は無頓着に日々歩いていたように思う。
その日、やはりアプローチを歩いていて、ばさっと音がしたのに頭に何も当たる感覚が無かった。
あれ? と思って見ると隣に居た進藤が、伸びた枝を手で払うようにしてぼくを庇っているのだった。
「ごめん」 「別に―」
自分も通るのに邪魔だったからだからと、でも彼の位置に枝は届かない。
それからほとんど毎日のように、ぼくは彼の腕がぼくを庇うのを感じた。
「いいのに」
避けて歩くからいいよと言っても彼はやめない。
「おまえこそ一々気にするのやめろよ」
おれはマジ、自分のためにやってるんだからと言われて、でもそれを鵜呑みにするほどバカでは無い。
「子どもじゃないんだから、本当にそんなに気を遣ってくれなくてもいいよ」 「だから気なんて遣って無いって言ってんじゃん」
ぼくも彼も頑固だから、それで危うく喧嘩になりかけたこともある。
そんなある日、ぼくは彼より少しだけ遅く帰って来て、彼がアプローチの例の枝の前でなにやらぶつぶつ言っているのを見つけた。
「進―」
声をかけようとして、真剣な口調に思わず黙る。
「いいな、とにかくへし折られたく無かったら、いい加減おれのモンに気安く触るんじゃねーぞ」
驚いた。
口を尖らせ睨みながら、彼は大まじめに庭木に向かって話していたのだ。
「マジ今度触ったら、その葉っぱむしるからな」
覚悟しとけよと捨て台詞のように言うのに笑いそうになって、慌てて口を手で押さえる。
バカだなあ、本当にキミはバカだなあ。
思いながら胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
こんな意識して触れているわけも無い庭木にまで嫉妬する。そんな彼が愛しくてたまらない。
「とにかく、今日の所は許してやっからな」
ぽんぽんと枝葉に触れて去って行く。
愛してる、大好きだよと駈け寄りたくて、でも彼がぼくに見られたことを喜ばないことは解っていたから植え込みの影にそっと身を顰めた。
「進藤…」
完全にその姿がドアの向こうに消えるまで見送って、それからぼくはアプローチを辿って件の枝の側に立った。
真下に来るとやはり触れそうになるのでそっと避け、それから「好きだよ」と囁く。
「進藤…大好き」
本人には絶対言うことが出来ないから、キミが代わりに聞いてくれと、さっきの進藤と同じように枝葉に囁きながら、ぼくは幸せに笑ったのだった。
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