紫陽花の中に突き飛ばされた。
まだ葉も伸びきって居なくて花も緑。時期には少し早い紫陽花は、ぼくの体を受け止めて大きくしなり、その中にぼくは半ば埋もれた。
何をするんだとか、危ないじゃないかとか色々言葉はあったはずなのに、いきなりそんなことをされたことがあまりにもショックで、ぼくはしばし目を見開いたまま瞬きすることすら出来なかった。
そしてぼくを突き飛ばした当の本人である進藤も、そんなことをしておいて非道く驚いたような顔をしていた。
「キミ―」
ようやく声が出て呼びかけると、はっとしたように進藤が駈け寄って来る。
「ごめん、怪我しなかった?」 「大丈夫。これが薔薇の茂みだったらとんでもないことになっていたと思うけれど」
紫陽花は柔らかだから大丈夫だったと、でも乱暴なことをされた怒りはある。
「なんでいきなりこんなこと」
お得意の悪ふざけかと尋ねても進藤は眉を寄せて口を開かない。
「キミはいつもこんなふうに、一緒に歩いている人をいきなり突き飛ばしたりするのか」 「…しねえよ、そんなん」 「だったら何故」
ぼく達は緑豊かな公園の側をゆっくりと話しながら歩いていた。
話していたことも喧嘩になるようなことでは無く、他愛無い世間話のようなもので、だからいきなり突き飛ばされて驚いたのだ。
「わかんねえけど…」
理由を聞くまでは許さないと睨んだままでいたら、しばらくして進藤が渋々口を開いた。
「ホント、よくおれにもわかんねーんだけど」
綺麗だったからと、ぽつりと呟くように進藤は言った。
「綺麗って…何が」 「喋ってて、ふっと顔を上げたらおまえが笑ってて、そうしたらそれが」
背景になった紫陽花の緑に映ってとても美しかったのだと。
「だからって、どうしてそうなる」 「わかんねーんだって。マジ自分でもどうしてあんなことしたのかわかんねーけど」
でも、そうせずにはいられなかったのだと。
「…あのまま、押し込めて…そのまま閉じ込めておきたくなった」
言ってから慌てて、「でもそんなこと本気で思ったわけじゃないからな」と進藤は言ったけれど、でもあの瞬間の瞳の色は確かにそんな狂気を帯びていたように思う。
「閉じ込めて、それでどうするつもりだったんだ」 「わかんない」
わかんないけど、でも少なくともそれで、おれ以外の誰もあんな綺麗なものを見ることは無くなるんだと言ってから気まずそうに口を閉じる。
「…ごめん」 「謝らなくていいよ」 「それでもおれ、かなり変じゃん」
おまえに乱暴なことしたしと、今ではかなり冷静になって自分のしたことを後悔しているらしい。
「もしキミが」 「ん?」 「もしキミが他の人にやったのだとしたら絶対に許さないけれど、ぼくだけにしたのなら怒ったりしない」
キミのためにならいつでもぼくは囚われになるよと言ったら、進藤は大きくその目を見開いて、一瞬嬉しそうに笑いかけ、でもすぐにそれを打ち消すと「もう二度としない」と静かに言ったのだった。
※※※※※※※※※※※ 独占欲の現われというより、衝動。
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