SS‐DIARY

2011年06月05日(日) (SS)プロポーズの日


指輪、給料三ヶ月分無理。ウエディングドレスそもそも無理。だったらタキシード、間に合うわけが無い。

(つか、おれらそもそも月給じゃねーし?)

じゃあ年収を十二で割ってその×三って言うことなのか。

でもそれだと結構ものすごいごっつい指輪になるんですけどと、思わぬ所で思いがけず今日がとある記念日系であることを知ってしまったヒカルは、つらつらと考えつつアキラを見た。

「なに?」
「別になんでも」
「そう…」

若干アキラがぽやっとしているのは手合いの後で疲れているからで、でも昔はこんな顔おれに見せなかったなあとヒカルは思った。

(いつもビシッっと気を張った顔で、どっちかって言うと睨んでたよな、あれは)

他の人には外面仮面でそれなりにそつのない顔をしても、アキラは自分には顔を作らなかった。

いつも素のまま無愛想なままで、なのにいつからこんな気の抜けた顔をするようになったんだろう。

「やっぱりキミ、何かぼくに言いたいことがあるんじゃないのか?」

あからさまでは無かったものの、それでも結構しげしげと見詰めてしまっていたらしい、アキラは不審そうにヒカルを見て言った。

「いや…空気抜けてんなあと思って」
「は?」

人の少ない夜とは言え、逆に人の少なさ故に声は店内の隅々まで広がる。

「そんな、びっくりしたような声出すことねーだろ」
「だってキミが変な事を言うから…」
「今日の手合い、疲れた?」
「疲れるに決まっているだろう。もし疲れていなかったとしたら相手の方に失礼だ」
「うん、まあそうだよな」

一手、一手に心を込めて自分の持てる限りの頭脳を持って盤面に向かう。それで疲れないはずは無い。

「キミは疲れなかったのか?」
「いんや、疲れた」

マジ疲れたわと言いながら、実際に自分が非道く疲れていることに今更ながらヒカルは気がついた。

「なんかこう、全身脱力って言うか…でもこれ、気持ちいい疲れだよな」
「それ、負けても言えたかな」

くすくすと笑ってアキラが言った。

「キミ、今日はほとんど押せ押せで勝ってしまったからね」
「言えるって!負けても……うーん、でもやっぱ、言えないかな?」
「キミは本当に負けず嫌いだよね」
「それ、他の誰に言われてもおまえにだけは言われたく無いなあ」

しばし黙っていたのが嘘のように軽口の応酬になる。そして唐突にまたふっつりとお互いに黙り込んだ。

(前はこういう沈黙が気詰まりだったっけ)

相手が退屈しているんじゃないか、自分の話が面白く無いからなんじゃないかとつまらない気を回して無理にでも話題を探したこともある。

(でも今、そういうの無いな)

黙っていても別に平気。喋りたければ喋るし、黙りたければ黙る。その時間にほんの少しの気まずさも混じらない。

(むしろなんだ…こう)

「安心するよね」
「え?」

唐突に言われて今度はヒカルが頓狂な声をあげてしまった。

「キミと居ると安心する。何も言わなくても別に構わないんだって思えるから」
「ああ…うん。今おれも同じこと思ってた」

ふんわりと笑うとアキラは椅子の背にもたれて目を閉じた。本当に自分で言ったように安心しきった顔だった。

「…こういうのって」
「ん?」
「こういうのって、なんだか少し夫婦みたいだよね」

お父さんとお母さんもあまり話はしないんだ。でもだからって心が離れているようには見えない。とても仲の良い夫婦だよと。

「キミともずっとこんな関係でいられたらいいな」
「って、おまえさ」

ヒカルはテーブルの上に肩肘つくと、頬杖をついてアキラを見詰めた。

「今のって、それ無自覚だと思うけど、プロポーズになってんぜ」
「え?」
「だってそういうことじゃん、『お父さんとお母さんみたいな夫婦になりたいね』ってそういうことだろう」
「そっ、そういうわけじゃ」

はっとしたように目を見開いて姿勢を正したアキラの顔が、みるみる赤く染まって行く。

「あーあ、先に言われちゃうと結構凹むなあ」
「だから! そういうことじゃないって―えっ?」

今キミなんて言った? と尋ねて来るのにニッと笑う。

「うん、実はさ、今日って―」

プロポーズの日って言うんだってさと、ヒカルは聞きかじったことをアキラに話す。

「まあ、バレンタインもホワイトデーも、ちょっと前にキスの日とかもあったよな。ああいうのにまんまと乗せられるのもバカみたいだと思うけど」

イイことなら乗らない方がむしろバカだと思うと言って、ニッと非道くいい笑顔でアキラを見た。

「急だから指輪もドレスもタキシードも何も無いけどさ、おまえさえ良かったらさっきのマジで実行しない?」
「さっきのって?」
「塔矢先生みたいな夫婦になるっての」

うん、まあつまりはおれと結婚してくれないかってことなんだけどと、改めて先を越されたプロポーズをアキラの耳元に囁いたら、アキラは一瞬絶句して、でも黙って小さく頷いたのだった。


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キスの日やったらプロポーズの日もですよ。これはもうヒカアキ者としての使命ですよ。



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