SS‐DIARY

2011年06月04日(土) (SS)仲直りの仕方募集中


世間一般ではよくある話らしいけれど、我が身に起こるとは思わなかった。

一週間の遠方での仕事を終えて帰って来たぼくは、自分のスーツと一緒に進藤のスーツもクリーニングに出してやろうと考えてポケットを探った。

そうしたら出て来たのが風俗店の女性の名刺だったのだ。

「…え?」

五秒考えて理解出来ず、更に十秒考えて理解出来なかった。

妻の留守に夫が遊ぶ。そういうことはよくあることだと酒の席で人生の先輩方に、感心しない武勇伝を散々聞かされ育って来たけれど、でもそういうことは愛し合う夫婦には無いものだと思っていた。

(別にぼく達は夫婦じゃないけれど…)

おまえのことだけ好き。おまえしか一生愛さない。浮気も遊びも絶対しないと言われ続けてそれを信じきっていた自分がおめでたくて笑えて来た。

「…どうしよう」

こういう場合、見て見ぬふりをして流すのが一番良い方法らしい。けれどぼくの性質的にそれは絶対に出来ることでは無く、仕方無くぼくはまだ寝ている進藤を起こしに行った。

「進藤、悪いけれど起きてくれないか」
「んー…何?」

半分眠ったままぼくを抱きしめようとするのを払って座り、憂鬱な思いでひとことを言う。

「キミ、最近風俗店に行ったのか?」
「そんなん行くわけねーじゃん」
「だったらこれは?」

寝ぼけているその鼻先に名刺を突きつけてやったら、進藤は目をしばたかせながらそれを見詰め、それからぼそっと「知らね」と言った。

「それ何? マジ知らないし」
「キミのスーツの胸ポケットに入っていたんだけど」
「知らない、知らない。きっとどこかで紛れ込んだんだろう」

はい終了。もう問題解決と言わんばかりに目を閉じて気持ちよく眠りに入ろうとしている進藤の頭をぼくは思い切り殴ってしまった。

「そんなわけ無いだろう。何をどうやったらこんな物が胸ポケットに紛れ込むんだ。そんな状況があるとしたらそれを教えて貰いたいね」
「………もしかしておまえ妬いてんの?」
「妬いてなんか―――」

ぶちりと理性の何かがキレる音がして、その後ぼくは半泣きになりながら進藤を罵り続けた。

裏切り者、軽薄、八方美人の軟派男、言いたい放題言いまくって、随分殴ったようにも思う。

その挙げ句言い訳の一つも聞きもせずぼくは実家に帰ってしまったのだけれど、数日後棋院で会った和谷くんに衝撃の真実を聞かされることになる。


「塔矢ぁ、悪ぃけどちょっといいか?」
「何?」

ぼくを嫌っているらしい彼が珍しいと足を止めて待っていると、内緒話をするように顔を近づけて彼は言った。

「進藤の顔のアレさ、やっぱ彼女とやり合ったのかな?」
「さあ…ぼくは彼のプライベートのことはよく知らないから」

嫌なことを思い出させられムッとした気持ちで答えると、彼は驚くようなことを言った。

「うーん、やっぱマズかったかなあ、アレ」
「…何?」
「いや、実はさ、ちょっとした茶目っ気で、この前あいつのスーツに風俗の名刺入れておいたんだけど、もしかして洒落になんない事態になっちまったのかなあって」

えーと、それはつまり進藤は潔白で、それをぼくが一方的に罵倒して責め立てたと、そういうことなんだろうか。

「やっぱ、修羅場にでもなったんかな?」

悪気無くそう尋ねて来る和谷くんを瞬間的に撲殺したくなりながら、それでもなんとかぼくは答えた。

「…そうだね、かなりの修羅場になったよ」

もう既に取り繕う気持ちも無く、最初に知らないと言ったことも忘れていた。

「あー、そうか。マズったなあ。正直に言ったらあいつ許してくれっかなあ」
「…大丈夫じゃないかな」

彼が怒っているのはたぶんぼく一人に対してで、それはこの悪戯を告白されても変わらないだろうと思えた。

それくらいぼくは彼に非道いことを言ったのだ。

『信じねえのかよ、おまえ』

真っ直ぐに見詰められ、怒った声で聞かれたことにぼくは即座に返していた。

『信じない。信じられない』
『ああそうか、だったらもう疑ったままで一生いろよ』

勝手にしろと最後はそういう別れ方だったか。あの時はとんでも無い開き直りだと思ったが、今になればどんな気持ちで言った言葉かよく解る。

「…どうしよう」
「なあ、ほんと、マジ、おれ、どーしよっかなあ」

悩んでいる和谷くんを見詰めながらぼくもまた、どうやったら進藤に許して貰えるのかを真剣に考え始めていた。


※※※※※※※

誤解だった、ごめんと素直に謝ればヒカルは速攻で許してくれると思う。
内心、焼き餅妬いてくれたことを喜んでいると思いますよ。


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