| 2011年06月03日(金) |
(SS)一度やってみたかった |
魔が差したとしか言いようが無い。
どういうわけかふっと、進藤を脅かしてみようかなと思ったのだ。
当の彼はぼくから少し遅れて後ろを歩いて来ており、このホテルの造りは中庭を囲んだ回廊方式だった。
角に隠れて待っていればすぐに進藤が来るはずで、そこを脅かせば簡単だろうと思ったのだ。
「おい、塔矢、待てよー」
大浴場で温泉に浸かった帰り、彼は自販機でスポーツ飲料を買った。いつもなら待っている所を悪戯っ気を起こして先に歩き出したのが、まずきっと拙かったのだろう。
「塔矢、ちょっ…置いて行くなよ」
ぱたぱたとスリッパの音が追いかけて来る。
ちょっと前に振り返った時には彼の他には誰もいなくて、間違えをするはずも無かった。
だからじっと息を潜めて角で待って、ギリギリまで引き付けてから飛び出した。
「わっ」
驚いた進藤の顔を見るのを楽しみにしていたぼくの目に映ったのは、見ず知らずの禿頭のおじさんで、その少し後ろにやはり驚いた顔をした進藤がぼくを見て突っ立っていた。
「すみません、すみません。申し訳ありませんでした」
人生でこんなに謝ったことは無いのではと思うくらいひたすら謝り倒して許してもらい、ほっと息をついていたら嫌な視線に行き当たった。
「おまえ…」
にやにやとぼくを見ている進藤が居る。
「何だ!」 「いや、おまえってホントカワイイよなあ」
おれ今日のこと一生忘れ無い。おまえが可愛かった記念日に認定するわと言われて頬が染まる。
「忘れろ!」 「だって…『わっ』って」
真似をされて耳まで赤くなった。
「進藤っ!」 「怒ったって怖くねーよ。だっておまえ滅茶苦茶カワイイって自分で証明した後なんだから」
その後彼はそれをネタにぼくを散々良いようにし、挙げ句に本当にずっと忘れ無かった。
仕事でもプライベートでもホテルに行くたび必ず言われる。この日のことはぼくの人生の永遠の汚点となったのだった。
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