| 2011年05月28日(土) |
(SS)それとこれと、これとそれ |
キスがしたいなと思って、すぐに喧嘩中だったと思い出した。
(今度はなんで喧嘩したんだっけ)
進藤とはあまりにもよく喧嘩をするので、時々ぱっと思い出せないことがある。
「ああ…そうか」
今回の喧嘩の原因はまたしてもとてもつまらないこと。前日に彼が打った一局を並べ直して貰っていて、ぼくがケチをつけたからだった。
『また、こんな所に打って…相変わらず乱暴で考え無しだな』 『なんだと、だったらおまえはもっと上手く捌けるのかよ』 『出来るよ』
そして本当に彼よりも上手く並べて見せたので、一気にご機嫌が悪くなってしまったわけだ。
『それにここの見落とし、どうして今更こんな初心者みたいな見落としが出来るのか不思議だ』
ぼくとしては本当に不思議でそう言ったのだが、プライドの高い彼のこと、カチンとしたようでそれから雪崩れのように喧嘩になった。
「でも…今更だ」
あんな喧嘩いつもだし、たぶん彼も二、三日したら何事も無かったかのように話しかけてくる。
(それでまたきっと程度の差はあれ喧嘩になるんだろうな)
こんなことを言ったら進藤に怒られてしまいそうだけれど、ぼくは彼と喧嘩するのが好きだった。
もちろんその場ではムッとするし、こんなバカ二度と顔も見たく無いと思うのだけれど、でも何の気がかりも無く怒鳴りあえるのは気持ちがいい。
彼はいつも真っ正直で嘘が無いからぼくも遠慮なく意見が言える。そんな相手は彼だけで、だから彼はぼくにとって大切な人だった。
碁に於いても人生に於いても。
碁敵であり、友人であり、一生かけて同じものを追いかけるライバルであり、そして恋人でもある。
その恋人部分もいつも順調というわけにはいかないが概ね幸せで、だからこうして未だにムカっ腹をたてていても、ごく自然なこととしてキスしたいなどと思ってしまったりするのだった。
「…あ」
思わず声を上げたのは、進藤が偶然階段を上がって来たのに出くわしたからで、目が合った瞬間、彼は露骨に嫌な顔をして目を逸らした。
「おはよう」 「…はよっ」
たたっと軽く駆け上がって来た彼は、ぼくの隣で立ち止まると、そこでぴたりと上にも下にも行かなくなった。
彼にそうされるとぼくもまた動けなくなって横を見る。
唐突にいきなり腕を引かれ、顔が近付いて来たなと思ったら噛みつくようにキスをされた。
「なにするんだ」
して欲しかったことをされて嬉しかったけれど、まだ喧嘩モードのままなので不機嫌な声で言い放つ。
「したかったんだからいいだろ」
進藤もまた自分からしておいて不機嫌な顔で返した。
「もー、無茶苦茶腹立ってんのに、なんかすげーキスしたくなったから」
そこにおまえがのこのこ現われやがったんだから、したって別に構わないだろうと、実に非道い言い様で言う。
「なんだよ、文句あるかよ」 「あるよ、大ありだ」
いざ再戦スタートという感じで身構えた彼にムッとした顔のままで言う。
「キスしたいと思っていたのはぼくの方だ。真似なんかされたく無いね」
途端にきょとんとした顔になって、次に進藤は笑い出した。
「は! そりゃーおまえがのろまなのが悪いんだって」
悔しかったら今度は先におまえがしてみと、挑戦的に言って再び階段を上がり始めた。
「上等だ。今度は絶対ぼくの方が先にキミにキスしてやるから」 「期待しねーで待ってるよ」
ひらひらと手を振って去って行く。その後ろ姿が本当に憎たらしいなあと思いながら階段を下り始めたぼくは、でも自然に口元がほころび笑っている自分に気がついたのだった。
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