あまりにも馬鹿馬鹿しいし恥ずかしいことではあるけれど、それでもはっきりと言葉に出して聞いてみなければ解らない。
「進藤」 「んぁ?」
ぼくが右隅に置いた手にどう応じるか考えていた彼は、ぼくが声をかけてもどこか生返事だった。
「いきなりで申し訳無いんだけど、キミ…ぼくのことが好きか?」
ちらり、目だけ上げてぼくを見ると、進藤はなんでもないことのように言った。
「好きに決まってるじゃん。言ったら悪いけど、おまえかなりな性格悪だぜ? いっくら碁が強いからって、好きじゃなきゃこんなに長いこと付き合ってなんかこれない」 「そう。ぼくもキミが好きなんだけど、キミの好きはどれくらいの好きなのかな」 「せーそーけん突き抜けるくらい」
今度は目線もくれず、うーんとうなりながらぽつりと言う。明らかに頭の中は目の前のことで一杯という感じだった。
「そうか…」
やはりそんなものなのかな。それが当たり前だとは思うけれど、真面目にもとって貰えないとは思わなくて落胆する。
「おまえはどーなんだよ。おれのこと好きってどんくらい?」 「そうだね、ぼくも成層圏突き抜けるくらいかな」
苦い笑いをこめてそう告げる。
「実はね…ぼくは結構前から縁談がたくさん来ていて、ずっとそれを断っていたんだ」 「へえ、さすがおぼっちゃま」 「でもさすがにはっきりとした理由も無く断るのにも無理が来て、そろそろ断れないような状況になってきた」
父の健康が思わしく無いこともある。母は元々子ども好きでぼくの子どもを早く見たいという気持ちが強く、二十歳を過ぎた頃からはっきりと『孫の顔を見たい』と言うようになってきた。
「今、来ている縁談は父に縁のある人からで、相手の女性も知ってる。結婚する相手としては…碁打ちにも理解のある、非の打ち所が無い人なんじゃないかな」 「ふーん」 「今週末、その人と会う。そして会ったらたぶんそのまま話を進めることになると思う」 「それで?」
まだうんうん唸りつつ、進藤は言った。
「それでおれに何を言いたいん?」 「キミが、それをどう思うか知りたい」 「いいんじゃねーの、おまえが良いんなら」
確定だ。本当に彼はぼくに対してそういう気持ちを持っていないんだと悲しい反面、いっそ清々しいような気分にぼくはなった。
「そうか…うん、そうだね」
じゃあキミには結婚式でスピーチを頼もうかなと言ったら、初めて進藤ははっきりと姿勢を正してぼくを見た。
「あのさ」 「なに?」 「おまえはそれでいいわけ?」 「だって…仕方無いだろう、断る理由が無い」 「あるじゃん立派に」
言われてえっと見詰め返した。
「おれはおまえのこと好きだよ? おまえもおれのこと好きだって言ったじゃんよ。なのに見合いして結婚するのか。へー、びっくりだ」 「…びっくりって、キミは今それを勧めたじゃないか」 「おまえが良いならって言った」
おれはもちろん全然良くはねーよと、今度ははっきり声に怒りが含まれている。
「大体さ、おまえちゃんと聞いてんのか? おれはおまえのこと成層圏突き抜けるくらい好きって言ってんじゃん。もっと言って欲しいなら、突き抜けて宇宙半周して戻って来てまた行ってくるくらい好きだよ。なのにそれでどうして平気で捨てて行けるかな」 「それ…冗談で言っているのかと思った」 「冗談で野郎のダチにそんなこと言うのか、おまえ」
そもそもなんでも無いと思っている相手に『ぼくのことが好きか』なんて聞くのかおまえはと、おれはそこまでバカじゃねーよと怒鳴られて、怒鳴り返したい気持ちになったけれど、それ以上に嬉しくて口元が笑ってしまった。
「…解り難いんだよ、キミは」
冗談も本気も判別がつかない。それくらい本音が見え難いから。
「それ、そっくりそのままおまえに返す。で、どーすんの。おれの答えを引き出しておいて、なのにさっさと見合いしておれにスピーチなんかさせんの?」
したら殺すぞと、穏やかでは無く言って進藤は、やっとぱちりと石を置いた。なかなかにいい妙手だった。
「断る」 「断られたって殺す」 「いや、そっちじゃなくて、縁談のこと」
はっきり意志がないと断るよと言ったら、彼はほっとしたような顔で笑った。
「だったら最初から聞くんじゃねーよ、バカ」 「聞かないと解らないから聞いたんだ」
バカと言い返して思わず笑ってしまった。
良かった。
言って良かった。
あまりにも陳腐で恥ずかしかったけれど、そしてただの友人としては気持ち悪がられる内容の質問だったけれど、思い切って言葉にして良かったと思った。
「次…おまえだけど」
長考? と笑われて笑みで返した。
「いや、考えるまでも無い」
ぱちりと力をこめてツケコシて返したら進藤は「げっ」と小さく叫んだ。
「おまえって本当ーに性格悪いな」 「でも…それでも好きでいてくれるんだろう」
確かめるように尋ねたら、進藤はぼくを睨んで、それからにやっと口元だけで笑った。
「あったりまえじゃん」
そしてその後はもう何事も無かったかのように再び盤面に没頭し始めたのだった。
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