SS‐DIARY

2011年05月25日(水) (SS)一緒に居たのがキミだから


今までに何度か塔矢が痴漢を捕まえた所を見たことがある。

それはもちろん本人が被害に遭っていたわけでは無く、近くに居た女性が…というパターンだったのだけれど、助けを求められた時もそうでは無く自分で気がついた時も塔矢は実に凛としてびしりと相手を恫喝していた。

さすが王子様は男らしいなあと感心したりもしていたのだけれど、ある日、一緒に電車に乗っていて塔矢がぴたりと喋らなくなった。

まあ、混雑120%の混みようだし、人に阻まれて微妙に距離も空いてしまったしで無理して喋らなくてもいいかなと思っていたのだけれど、見ているとなんだか様子がおかしい。

なんだか、らしくなく半べそのような顔をして唇をぎゅっと噛みしめているのだ。

「塔矢…」

おまえどうかした? と尋ねた瞬間に弾かれたように顔が上がる。でもすぐに伏せられてしまったその顔は微妙に頬が赤かった。

もぞもぞと落着かないその様子にはっと気がついた。

(もしかしてこいつ)

駅で止まって人が降りるのに合わせて無理矢理塔矢を引きずり下ろす。

「どいつだ?」

下ろしながら尋ねると、塔矢は目線で自分の後ろに居た男を見た。ぱっと見、四、五十代のリーマン風のその男はおれ達の視線に気がついて、慌てて一歩後ずさった。

「解った、ちょっとおまえここで待ってろ」

一駅先まで行ってから戻って来るからと、入れ違いのように乗り込んで、おれは塔矢を残して再び電車に乗り込んだ。

「進藤」

ドアが閉まる間際、塔矢が心配そうにおれを見たけれど、おれは笑って手を振った。

「さーてと、どうしよっかなあ」

ぼそっと言ったその声が果たして相手に届いたか否か――。



約30分後、おれは塔矢の待つ駅に戻った。

言われた通り同じ場所でおれを待っていた塔矢はおれを見るなりほっとしたような、それでいて困ったようなそんな顔をした。

「キミ―」
「おれ、別になんにもしてねーから安心していいよ」

ぱっと塔矢がおれを見る。

「たださっきの電車にさぁ、いい年して色ボケたおっさんが居たから、今後二度とおかしな気ぃ起こさないように、じっくりみっちりお話ししてきた」
「ぼくは別に―そんな」
「ん? 何? おまえもさっきの電車で何かあったん??」

尋ねてみたら「いや」と言った。

「なんでも無い。何も無かった」
「だろ。待たせちゃってごめんな。お詫びに何か奢るからそれで勘弁して」

塔矢がらしくなく、半泣きになっていたのは痴漢に遭っていたからだった。

普段のこいつなら臆することなく対処出来るはずなのに、どうして何も出来なかったのかはよくわからない。

でもたぶん、男の自分が痴漢に遭ったということに驚いたのと、そのことで自分を恥じてしまったんだろうと思った。

時に女性と間違われる、母親似の自分の容姿は塔矢にとってコンプレックスであることをおれは知っていたから。

「ラーメンか、ハンバーガーか、回転寿司までなら奢れるけど?」
「…ラーメンでいい」
「へえ、珍しい」
「それからキミは奢らなくていいよ、ぼくが出す」
「なんで?」
「別に何でも無いけれど」

嬉しかったからと塔矢は聞こえ無いほど小さな声で呟いて、おれの袖をそっと掴んだ。



恥ずかしかったんだ。

よりにもよって、キミの前であんな目に遭っていることが恥ずかしくてたまらなくて声を出すことも出来なかったとは、ずっと後になってから塔矢がおれに話してくれたことである。

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そりゃーヒカルには言えないわな。


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