SS‐DIARY

2011年05月23日(月) (SS)カコケシ


自分が子どもの頃を思い出すと恥ずかしくなる。

どうしてあんなにバカなガキだったのか。何も考えていなかったし、言うことやること全てが自己中心的で赤面する。

なのにそれを恥ずかしいとも思っていなかったことがまた恥ずかしい。

十代の頃、深い考えも無く、ちゃんと他に好きな人が居るにも関わらず、とっかえひっかえ女の子と付き合ったこともそうだし、更に遡ってその好きな人と出会った時の自分がまた最低だった。

よくもまああんなに無知で無神経でいられたことか―。

記憶を遡れは佐為のことにも行き着くが、あれはまた別で、後悔とかそんな生やさしい言葉では片付けられないものなので、この場合は省かれる。

(おれ、あいつによくあんなこと言えたなあ)

知らないということは恐ろしい。囲碁を尊く、命と同等に考えている相手に、侮辱としか思われないような言葉をヒカルは随分吐いている。

過去を消せる消しゴムが…という話はよく出てくるものだけれど、もし本当にあれば、まずあの自分を消してしまいたい。自分と自分の言った言葉を消せるものならばと思わずにはいられないのだ。

(あ、でもダメだな)

悶絶するような気持ちで思い出を辿っていたヒカルは、途中でふと気がついた。

(あの頃のおれがバカだから、今こうやっているんじゃん)

そもそもその人とも、その当時の自分が居なければ今こうして近しい距離になっていなかったようにも思う。

自分があまりにもバカだったから。バカで考え無しだったからこそ、その人は怒り、忘れられず、拘り続けてくれたのだろうと思うのだ。

ヒカル自身にしても、そういう未熟な自分を思い知ったからこそ反省し、生き方を改めて今日にたどり着いたのだ。

「でも…だからってやっぱりなぁ」

大好きなその人とはたぶん一生の付き合いだ。頭も良くて記憶力もいいからあの頃のこともきっと忘れてはくれない。

そう考えるとヒカルは、やはりほんの一部分でもいいから、あの頃のバカな自分を消してしまいたくなってしまった。



「え? 過去を消せる消しゴム?」
「うん。よく言うじゃん? もしあったらおまえ、消したいものなんてある?」

後日、ヒカルはその「好きな人」であるアキラに尋ねてみた。

「過去を消せる…ね」

そんなもの無い。消したい過去など一つも無いと男らしくきっぱり言われるものと思っていたら、意外にもアキラはきまりの悪そうな顔になった。

「なに? おまえにもそんなのあるんだ」
「それは…ぼくも人間だからね。キミこそ消したい過去は無いとでも言うのか」
「いや、あるよ。ありすぎてもうギブアップ。でもおまえは何も無いと思っていたからさ」
「あるに決まってるじゃないか。特にキミと出会った頃の自分なんて…」

思い出すだけでも恥ずかしいと、本当に目の下をほんのりと染めてまで言ったので、ヒカルはかなり驚いた。

「おまえ何か恥ずかしいこと言ったりやったりしたっけ?」

ヒカルには自分の方がとにかく恥ずかしかったという意識しか無いので、アキラに対しては何も無い。むしろ真面目で一生懸命で褒められるべき子どもだったと思うのだが。

けれどそれを面と向かって言ってやったらアキラは益々赤くなり、嫌そうな顔でヒカルを見た。

「キミ、それ本気で言っているのか?」
「本気も本気、大本気だけど?」
「ぼくは思い出したくも無い。思い込みが激しくて、その思い込みだけでキミのことを追いかけまわして、随分恥ずかしいことも言ったし、キミにも他の人にも形振り構わない所を見せた」

あまりにも幼稚だった。恥ずかしすぎるよと俯くように言われて、ヒカルはへえと感心した。

「じゃあ、その頃の自分とか、言ったこととかを出来るんなら消したいと思うんだ」
「思うよ…でも…ああ、消せない」
「ん?」
「あの頃の自分が幼稚だったから、たぶんきっと今こうしてキミと居られるんだ」

あの頃からの積み重ねが今の自分とヒカルとの関係を形作っている。

だからどんなに恥ずかしくてもあの頃の自分を消すことは出来ないと、思いがけずアキラはヒカルとほぼ同じ結論に達したのだった。

「…なんだ、じゃあおれ達消しゴムいらないんじゃん」
「そうだね、そういうことになるね」

まだ赤い頬をさすりながらアキラが言う。

「大体、今更過去を取り繕ったって…」

今現在だって決して完璧なんかじゃない。幼稚な恥を積み重ねて生きているようなものなのだからと言われてヒカルは苦笑してしまった。

「そうか。そうだよなあ…」

それでもやはりあの頃の自分は非道かった。謝りたいと心から思う。

ガキでゴメン。無神経に引っかき回してゴメンナサイ。

そして――。

「一生を変えちゃってゴメン」

ぽつんと呟いた言葉はそれだけで、前後を知らないアキラには意味がわかろうはずも無い。

なのにアキラは苦笑のように笑うと、ヒカルの手を愛しそうに掴んで言ったのだった。

「それはぼくのセリフだよ」と。


未来は続く。

恥ずかしい過去の積み重ねでどこまでも先に伸びて行く。

いつかまた、無性に過去の自分を消してしまいたいこともあるのかもしれないけれど、その時に今こうしているように目の前にアキラが居てくれるならそれもいいと、ヒカルはしみじみと思ったのだった。


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