| 2011年05月21日(土) |
(SS)上と下と昼と夜 |
何気無くテレビを点けたら動物番組をやっていた。
はっとしてすぐに消したのは、マウンティング行為を取り上げていて、その解説が耳に入ったからだ。
『雄雌に関係無く行われ、自分の優位を相手に示すために行われます―』
つまりは、自分が相手より強いと態度で思い知らせ、された方はそれを認めれば無抵抗で従うと。
なんとなくむっとしたのは昨夜の出来事とマウンティングのポーズが重なったからで、ということはぼくは彼に負けを認めていることになる。
(こんなに負けたく無いと思っているのに)
彼と所謂そういう関係になって、自分がされる側になったのは、何故と言われれば彼が望んだからに他ならない。
黙って見ているだけでも良いと思っていたぼくに、はっきりと怒った顔をしながら踏み込んで来たのは彼の方だし、気持ちをはっきりさせたのも彼だった。
『これで壊れてもいいってくらいの覚悟で言ってんだからおまえも正直に言え』
こんなにも剥き出しの感情をぶつけられたのは初めてで、その迫力に気圧された所も無いとは言えない。
でも実際にぼくは彼が好きだったし、心の奥底には交わりたいという願いもあった。
だから受け入れた。
好きの度合いに優劣は無いと思うけれど、情熱に優劣があるとすれば彼はぼくより勝っている。
欲しいから、したい。だからさせて欲しい。
そうはっきりと言い切れる程、ぼくは肉体に関してまだ熟してはいなかったんだろう。
下になることに全くの抵抗が無かったと言えば嘘になるけれど、逆をするという感覚は未だに無い。こうなって初めて自分は受け身だったんだなと自覚したりもした。
(でも、それ以外では譲る気持ちなんか無いのに)
これほど、憎むほどに勝敗に拘る相手はいないし、他の誰に負けるより進藤に負けることがぼくにはたまらない。
逆に勝てば他の誰に勝つより嬉しいし、碁打ちで良かったと心から思う。
そう、自分も愛する相手も碁打ちで良かったと本当に嘘偽りなく思うのだ。
その気持ちと夜の自分との食い違いが胸をもやもやとさせ、進藤がぼくを無意識にでも服従させるつもりで背後を取っているのかもと考えたら煮えくりかえる程腹が立った。
なのでまだベッドで眠っている彼の元に戻って、加減をせずにぺしりと頭をぶったら驚いたような顔で彼は起きた。
「…なんだよ、なんでいきなり殴るんだよ」 「キミは優位を保ちたくてぼくを下にしているのか」 「は?」
寝起きの頭に唐突な問いは理解出来なかったのだろう、間の抜けた顔に更に腹が立ってもう一度ぺちりと殴ったら、ようやく目が覚めた顔になった。
「何いきなりわけわかんないこと言ってんの?」 「マウンティング。犬や猿がやるだろう」
そして今見たテレビのことをむっとした声のままで話す。
「考えたことも無かったけれど、もしかしてキミはそういうつもりでやっているんじゃないのか」
最初から上以外するつもりも無かった。それはつまりぼくを下に見ているからではないのかと一気に言ったら進藤は黙った。
すぐに否定されるかと思ったので、ではやはりそうだったのかと軽くショックを受けていたら、「違う」と少ししてぽつりと言った。
「そういうオス的な気持ちが全くないとは言わないけどさ、でも…うーん、おまえを負かしてるとか、力で制服したいからとか、そういう気持ちは全然無いよ」
そしてまた黙る。沈黙が起こるのは彼が一生懸命考えているからだと気づき、ぼくは彼の側に腰を下ろすとじっとその答えを待った。
「なんか…ホント、マジで上手く言えないけど、でもたぶんおれのがおまえのこと好きなんだよな」 「そんなことは―」 「無いって言いたいのわかるけど、これはおれは譲らないぜ」
おまえのこと好き。死ぬほど好き、考えただけでどうかなってしまうんじゃないかと思うくらい好きなこの気持ちは絶対に負けて無いとそう思うと。
「だから、好きだからしたい。とにかくもうなんでもいいからおまえにしたいの。触りたいし、挿れたいし、無茶苦茶やってひーひー言わせたい」
だからお願いしてさせて貰ってんだってと言われて一瞬きょとんとした。
「ぼくは相互の意志でやっているのだと思っていたけれど?」 「だから、その『相互の意志』ってのが、おまえがおれの『お願い』を受け入れてくれてるってことなんじゃん?」
そもそもが塔矢アキラ様が同じ男と寝るなんて有り得ない。その上、される側に甘んじているのもまた有り得ない。
ではどうしてそれが成り立っているのかと言えばそれを『許して』くれているからだと進藤は言った。
「…それを服従って言うんじゃないのか」 「違うね。それって逆らったら勝てないって思っているから従うわけだろ?おまえはそうじゃないもん」
もしもしたくないと思えば指一本触れさせないことだって出来る。
それどころか『会いたく無い』『別れよう』のひとことで永遠におれを拒絶することだって出来るのだと。
「なのにそれをしない。おれのしたいようにさせてくれてるってのは…」
言い淀んでぼくの顔を見てから進藤は急に照れたような顔でぽつりと言った。
「おまえのおれへの『好き』…なんだよな?」
そうなのだろうか? そんな可愛らしい気持ちをぼくは持っているのだろうかと考えていたら、胸の内を読んだように進藤が言った。
「あ、それ違うから」 「え?」 「しおらしく言うこときいてあげていたのか、なんて考えてるんだったら、それは絶対違うから安心しろ」
おまえは偉そうに威張って、おれにさせてくれているだけなんだからと言って進藤は笑った。
「意味がわからない」 「つまり、主導権はそっちにあるんだって」
上も下も関係無く、関係自体の主導権を握っているのはぼくの方なんだと進藤は言った。
「さっきの優劣を示すってヤツ? だからおれらには当てはまらない。だってどこの世界に『頼むから怒らないで好きなようにさせて』って思いながら敗者の背中に手を置く勝者がいるんだよ」
いつだって、どんなときだって、最初から優勢に立っているのはおまえの方だと言われて思わず笑ってしまった。
「そうだったのか、知らなかった」 「知らないって辺りがもう余裕だよ。おれなんかいつも必死なのにさ」
碁でもプライベートでも満足して貰えなかったら捨てられちゃうんじゃないかとびくびくしている。そんな気持ち知らないだろうと言われて、「うん」と頷いたら頭を抱えられた。
「これだから―」
これだから天元様はよぅと、拗ねた言い様に苦笑した。
「一緒にするな」 「するよ、だって全部一緒だもん」
碁も、レンアイも、夜のえっちも全部一緒。
「おれ、おまえには絶対負けたく無いんだよな」
そう言われてぼくも即座に返した。
「ぼくだってキミには絶対負けたくなんか無いよ」
世界で一番憎らしい相手だと言ったら進藤は少しだけクサった顔をして、でもすぐに嬉しそうな笑顔になると「上等じゃん」と言ったのだった。
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男×男同士のそれで上下ってやっぱり重要だと思う。
でもヒカルは下は考えたことも無いだろうと思うし、アキラはヒカルがそうなんだろうなと理解している。ヒカルだからっていうのはやはり愛があるからでしょう。
この二人に関してはポジションと優劣は無関係です。
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