あ、弱ってる。
塔矢を見てそう思った。
困っているとか、難儀しているとかそういう意味の「弱る」では無く、本当 に体調がどうかして苦痛を感じているらしい「弱る」だった。
(でもあいつ、そういうの気付かれるの死ぬ程嫌がるからなあ)
他人にはもちろんで、一応恋人であるヒカルに気遣われるのもアキラは非道く嫌がった。
ましてや初めて呼ばれた研究会ではそうだろう。
「和谷、ちょっといい?」
ヒカルは悪友を呼び出して何やら低い声で言葉を交わした。
「ああ、うん。いいぜ」
じゃあ任せたとぽんと言われて、ヒカルは何食わぬ顔で座に戻るとそれから隣に居るアキラの袖をくいと引いた。
「付き合えよ」 「え?」 「今日は近所の店休みで出前が取れないんだ。だからおまえとおれが買い出し係」
おまえは今日からの新入りなんだからみんなの分奢れよなと、しれっと言われてアキラはむっとした顔になったものの、そういうものかと納得はしたようだった。
「何がいいの?」
顔だけ和谷を向いてそう尋ねる。
「何でもいいよ。進藤が詳しいから聞いて」 「解った。それじゃ、もう行った方がいいのかな」 「いいんだよ。だからおれが行こうって言ったんじゃん」
そしてそのまま腕を掴んで連れ出した。
「どこまで買いに行けばいいんだ?」 「んー、もうちょっと先」
尋ねてものらりくらりとはぐらかされ、連れて行かれた先がヒカルの住むマンションだったのでアキラは思い切り顔を顰めた。
「どこか店に買いに行くものだと思っていたけど」 「買いに行ってもいいんだけどさ、この前実家に帰った時、肉の塊もらったの思い出してさ」
ちょっと炙ってローストビーフを作るから、それでメシだけ買って帰ればいいだろうと言う。
「あ、メシも炊いちゃえば金が浮くな」 「そのくらい別にぼくは出し惜しみなんかしないけれど?」 「節約って言葉おまえ知ってる? おまえと違っておれらはみんなびんぼーなの。だからこうやって買って来る代わりにおでん作って持って来るってのもあるんだから」
黙って言う通りにしろと言われて口を閉ざした。
「それで? どうすればいいんだ」 「おれが作るからおまえちょっとそこで待っててくれる」
ヒカルは冷蔵庫から大きな牛肉の塊を取り出すと、アキラの方を見ないままで言った。
「大体1時間くらいで出来るから、その間おまえはテレビでも見てて」 「ぼくは別に」 「テレビが嫌なら雑誌でもなんでも見ててくれていいよ」
好きにしてての声に仕方なくアキラが足元の囲碁雑誌を拾い上げるのをヒカルはちらりと見た。
「―塔矢」
10分程が過ぎ、ヒカルが小さく声をかけた時、アキラから返事は無かった。
そっとのぞき込んで見るとアキラはヒカルのベッドの上で伏せるようにして眠っていた。
「…まったく我慢強いのも問題だよな」
しんどかったんだろうに一言も言いやがらねえと、溜息とともに言いながらヒカルはそっとアキラの体に薄い掛け布団をかけてやった。
それでも起きない。
それくらいに弱っていたのだと思って更にもう一度溜息をつく。
「おれの前くらいでは素直にバテてくれればいいのになあ」
いつかそうならねえかなと呟きながらヒカルは和谷にメールした。
『やっぱり塔矢具合が悪い。後で差し入れするから今夜はおれら抜けさせて』
そして返事を待たずに携帯を置く。
「さて、どーすっかなあ」
口実ではあったがローストビーフは本当に作り始めている。肉ではあるけれどそんなにしつこく無いものだから具合が悪くても塔矢はこれは食べられるかもしれない。
「後、なんか野菜のイッパイ入ったスープでも作るか」
もし肉がダメでもスープなら喉を通るだろうと、ヒカルはよしと頷いて、それからアキラの額にそっと触れた。
触れる前からもう解っていた熱さが指にはしっかり伝わったが、アキラはぴくりとも動かなかった。
「…おやすみ」
小さく囁いて部屋を出る。
明りを消した中、アキラの寝息が規則正しく響くのをヒカルはしばらく聞いていて、それからくるりと背を向けると、これ以上無い程優しい顔で微笑んで、料理の続きをするために静かにキッチンに戻ったのだった。
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アキラはどんなに具合が悪くても人に弱みを見せるくらいなら死んだ方がマシと思っているタイプ。
でも、ヒカルがこじ開けて行くから段々ヒカルだけには素直になって行くことでしょう。
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