SS‐DIARY

2011年05月01日(日) (SS)ブロガー


囲碁普及の一環として、ブログを書けと棋院側から言われた。

もちろん強制では無いけれど、案外年配の方でも書いている方が多く、なのに若手のぼくが書かないのはおかしいと言われてしまったのだ。

正直、囲碁以外に時間を割くのは面倒臭い。面白みの無い人間なので書くことも思いつかないし、それを人に読ませる趣味も無い。

「いいじゃん別にそんなに堅苦しく考え無くても」

こぼしたら進藤はあっさりと言った。

「桑原先生や緒方先生みたいに、人生の機微を感じさせるようなブログなんて書く必要ないし、大体みんなその日の棋戦とか行った場所のこととかそのくらいしか書いてないぜ」

そういう進藤は随分前から書いていて、結構閲覧者が多いらしい。

らしいというのはぼく自身は見に行ったことが無いからで、でも面白いらしいとは聞いていた。

「和谷や越智もやってるけど、でもほとんど自分の結果の記録代わりにしているし、おまえもそんなんでいいんじゃねーの?」

「そうか…そうだね」

あまりに頑なに拒むのも大人げないような気がして、それからぼくは渋々とブログを始めた。

あくまで記録、自分用のメモ代わりなのだけれど、それでも見に来る人がいるのが不思議だった。


「おまえのブログ、必要最低限って感じで面白いのな」

それからしばらくたって進藤に言われた。

「だってぼくのは本当にメモ代わりだから」

「うん、でもだからって、何時何分の新幹線に乗って、隣の席の人にサインを求められたまで書かなくてもいいと思うぜ」

しかもそれが箇条書きで書いてあるんだから最高だと失礼なぐらいに笑われてしまった。

だったらキミは余程上手に書いているんだろうなとむっとしたぼくは、家に帰って真っ先に彼のブログを覗きに行った。

棋院のホームページからリンクしてあるそこに今まで行かなかったのは、なんとなく彼の私生活をのぞき込むようで恥ずかしかったのと、なんでも知っていると思っている彼の、実はよく知らない部分を見せつけられることが嫌だったからだ。

(でも今日は見なくちゃ)

見て、読んで、それでどれだけ面白く書いているのか吟味してやると勢い込んで見たぼくは、読み進めて早々に止まってしまった。

『今日は塔矢の対局をネットで見た。相変わらず強引だけど上手い手を打つ』

何を偉そうにと思いつつその先を見ると今度は『塔矢に電話したけど出なかった』などとどうでもいいようなことが書いてあった。

「なんでキミのブログなのにぼくの名前が出て来るんだ」

気安く書かないで欲しいなと思いつつ更に過去に遡って読み進めて行ったら、そこは『塔矢』のオンパレードで、ぼくは途中で見るのが恥ずかしくなって画面を閉じかけてしまった。

勘ぐられるようなことは書いて無い。

でも彼のブログには日々のぼくのほんの些細な日常が、自分の日常に折り込まれて書かれていて、読んだ人にはぼくと彼が親しいというのが嫌という程わかる文章だったのだ。


『塔矢と喧嘩、もう当分口きいてやんない』

コメント欄に気がついて覗いてみたら、そんな書き込みのあった日には心配したファンらしい女の子から大丈夫なんですか? とコメントが入っていた。

『大丈夫。おれと塔矢の仲はちょっとやそっと喧嘩したくらいじゃ壊れないから』

ナイロンザイルより強くて太い絆があるから大丈夫だよと冗談めかして書いているが、ぼくには彼がどんな表情でそれを記したのかはっきり見えるくらいによく解った。

あのいつもぼくに『大好き』と言う時と同じ、自信と喜びに満ちた顔で返答したに違い無いのだ。

「…自惚れ過ぎだ」

何よりこんなぼくのことばかり書いてあるブログは許せない。もう二度と絶対に見てやるもんかと思いつつ、それでもどうしても閉じられなくて結局最後まで読んでしまった。


そしてしばらく考えた後、ぼくは自分のブログを開いて新しい書き込みをした。

『進藤はバカだと思う』

思いつくまま一行書いて、それから数行開けてまた一行書いた。

『バカだけど、大切で掛け替えの無い存在です』

きっと読めば大喜びするだろう、そして鬱陶しさ爆発の電話なりメールなりをしてくるに違い無い。

でもぼくは自分が笑っているのを感じていた。嬉しくて、無性に嬉しくて何かをせずにはいられない。

その気持ちと勢いのまま、ぼくは自分のブログから彼のブログにリンクをした。

面白みの無いぼくのブログと、ふざけきった彼のブログがこの日こうしてしっかりと手を繋ぐように繋がった。

やがてお互いのコメント欄を行き来するようになり、読者が心配するような口喧嘩をコメントで始めてしまうのはもう少し後の話である。


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だから? と聞かれたら、それだけですと答えるしか無い、それだけの話。
読者放りっぱの痴話喧嘩がいつもコメント欄で繰り広げられています。



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