| 2011年02月15日(火) |
(SS)チョコレートに非ず |
「出せ」
帰るなり短く言われて手を出された。
「はいはいはいはい」
溜息をつきつつ紙袋を手渡すと、途端に塔矢はにっこりと笑顔になった。
「味噌にお塩にお砂糖に洗剤にサランラップ。これだけあったら当分買わなくていいね」
お味噌も塩も砂糖も取り寄せた良いものをくれている。本当に有り難いなと言いつつ機嫌良く台所にそれらを運んで行く。
「なあー」 「なんだ?」 「おれ、このままずっとこういうバレンタインじゃ無くちゃダメなわけ?」 「そうだよ」
何を当たり前なと言わんばかりに即座に言う。
「チョコはぼくも貰って来るし、それだけで充分じゃないか」
食べ過ぎて太られても困るし、だったら日用品の方がずっといいと。
いつからだったか、そう言う理由を持ち出して、塔矢はおれにバレンタインにチョコレートを貰って来るのを禁止した。
『えー? おまえだけ貰うの狡いじゃん』 『だったらキミはチョコレートの代わりに日用品を貰ってくれ』
調味料とかサラダ油とか家計の助けになる物を積極的に貰って来て欲しいと言われて渋々頷く。
確かに塔矢の言うことには一理ある。
男二人でチョコレートだけたくさん貰っても食べきれないで毎年持て余してしまうのが常だったからだ。
「だからってなあ…」
色気が無い。
まったくもって色気の欠片も無くて貰っても嬉しい気がしない。
最初の頃、チョコレートを断って出来れば次から洗剤とか味噌とか醤油にして欲しいと言ったら半分は怒って、半分は笑った。
『本当にそんなものでいいんですか?』 『いいんだ…うちの鬼がそう言っているから』 『え?』 『いや、なんでも無い。うん。そうして貰えたら助かる』
そして今や進藤ヒカルはバレンタインにチョコでは無いものを欲しがる珍しい棋士ということで定着してしまった。
『進藤さんて面白い方ですよね』
でもあげ甲斐がありますと言って、利尻昆布や名店の佃煮や海外のハチミツなど、自分で美味しいと思うものをわざわざ用意してくれる人も居て、それはそれで嬉しいのだけれど、それでもやっぱりつまらない。
「あーあ、おれもチョコレート欲しい」 「ぼくのだけじゃ満足出来ないと、そういうことなのかな」
思わず呟いた言葉を耳ざとく拾って塔矢が睨む。
「キミはそんなにぼく以外の人からチョコが欲しいのか」 「いや、そんな滅相も無い」 「だったらいつまでもそんな文句を言っていないでこっちに来て手伝え」
せっかくいい物を頂いたのだから久しぶりにちゃんとした夕食を作ろうとおれを誘う。
「ここの所、忙しくて簡単なもので済ませてしまっていたからね」 「うん…まあ、いいけど」 「赤味噌だからなめこのお味噌汁がいいかなあ」 「おれはなんでもいいけど」 「ジャムもあったから、明日の朝はパンにしようね」 「はいはい」
それでもやっぱり腑に落ちない。
リビングの隅、紙袋二つ分に山盛りになった、塔矢が貰ったバレンタインチョコを横目で見ながら、おれは騙されているのじゃないかと思わずにはいられなかったのだった。
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アキラの真意は本文下から十五行目と十七行目。 単にヒカルがたくさん貰うのがムカつくとそれだけです。
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