| 2011年02月12日(土) |
(SS)酒と涙と男と男(1) |
『お願いです、助けて下さい』
夜中かかって来た電話は、一度だけ会ったことのある東北支部の人からだった。
「はあ? どうしたんですか?」 『実は今、塔矢棋聖と銀座で飲んでいるんですが』
話によると塔矢がらしくなく、荒れて荒れて手がつけられないらしい。
『もう言っていることも支離滅裂で、でもまだ帰らない、飲むと言ってきかないんです』
そもそもがこれは東北支部のその人を塔矢が接待するという役割だったはずなのに、逆に酔っぱらいの介抱をするはめになってしまっている。明日は早いしもうホテルに戻りたいのに戻れないと嘆かれては仕方がない。
「じゃあこれからおれ、迎えに行きます」 『本当ですか? すみません』 「でも…なんでおれなんですか?」
おれよりも親しい人がたくさん居るだろうにどうしてほとんど付き合いの無いおれに連絡をして来たのかが不思議だった。
『それは…』
言いにくそうに言葉を濁す。
「何か?」 『あの…塔矢棋聖と進藤十段は親友同士と伺っていましたし、塔矢棋聖もさっきからずっと進藤十段の話ばかりしているものですから』 「おれの?」
どんな? と尋ねても今度は決して口を割らなかった。割らないと言うことは差し障りのある内容なんだろう。
「わかりました、いいですよ、とにかくすぐに行きますから」 『ありがとうございます』
相手の声はもうすがらんばかりだった。
電車を乗り継いで銀座の店まで行く間、おれは色々考えていた。
塔矢とは昼間派手に喧嘩をしたばかりだったのだ。
喧嘩なんていつものことだけれど、今回はかなり深刻でこれは当分口もきい て貰えないんだろうなと思っていた。
それが飲んで荒れているというのだから、原因はもうそのことしか有り得ない。
(だったらおれの責任でもあるよな)
でもだからってどうしておれがという気持ちもある。もやもやとしたまま店に行き、平身低頭するその人と交代して取りあえずカウンターで潰れている塔矢の隣に座った。
「おい――」 「酒!」
声をかけた瞬間、どんとグラスで催促された。
「もう止めておけよ、飲み過ぎだって」 「進藤が!」
伏せていた顔を僅かに上げて塔矢が怒鳴る。
「あ?」 「進藤がいけない」 「あー、はいはい」
ああ本当に酔っぱらいだ。それも相当質が悪い酔い方をしている。
「進藤くんの何がいけないのかな?」
溜息をついて促してみたら、塔矢はこちらを見もせずに再びカウンターに突っ伏して言った。
「ぼくの気持ちに気がつかないのが悪い」 「えーと?」 「ずっと、ずっと好きなのに、どうして彼は解らないんだろう」
茶化したような気持ちで聞いていたのが一気に顔が赤くなる。
(こいつ、おれだって解ってねえ)
解っていないどころか素面だったら死んでも言わないようなことをべらべら喋ってしまっている。
「おまえ…ちょ…」 「大体、いつからぼくが彼のことを好きだったか知ってますか!」
もうずっとですよ、ずーっと、出会った時からたぶんきっと好きだったんだと塔矢は言う。
「好きで、でもこんなこと言えるわけ無いから黙っていたのに、それを解っているのだかいないのだか人の気持ちを踏みにじるようなことを平気でするし」 「あー、女の子と出かけたりとか?」
心当たりを言ってみるとぴくりと肩が震えた。
「…そんなのいつもだ」
いつもいつもいつもいつも、彼の周りには女の子が居て、仕事絡みで会った人ともほいほい平気で会ったりするし節操が無いのだと言われてムッとする。
「でもそんなの普通じゃ―」 「解ってる! 解ってるけど、でも」
そして後はすすり泣きになった。
「好きなのに、こんなに好きなのに、どうしてぼくじゃダメなんだろう」 「いや、ダメってことは…」 「何も知らないくせに!」
進藤は本当に女性に優しい。マメだし遊び好きだし、携帯だって頻繁にやり取りしていると。
「…ぼくになんか滅多に連絡して来ないくせに」 「それはおまえが迷惑かと思って」 「何か?」 「あー、いやなんでも無い。なんでも無いから全部ドロ吐いちゃえ」 「苦しくて…苦しくて…もう、どうにかなりそうだ」
もしこれをおれが来る前からやっていたとしたらそれは言葉を濁すだろう。支離滅裂と言われても仕方無いだろうなと思った。
(一応おれ達親友同士ってことになっているしな)
でもそうか、こいつはこんなことを思っていたのかと目の前で醜態を晒している姿を見たら切なくなった。
だっておれも塔矢のことが好きだったから。 好きなのに、それを伝えられなくてずっとずっと我慢していたから。
「とにかく吐いて吐いて吐きまくれ」
そうしたら後でちゃんとおれの気持ちも教えてやるからと耳元にそっと囁くように言う。
「うるさい!」 「ああ、うん。うるさいな。もうなんでもいいから―」
好きなだけおれを罵れよと頭を撫でてやりながら塔矢に言った。
「ちょっと! ちゃんと聞いてますか?」 「聞いてる聞いてる」 「どんなにぼくが彼のことを好きか!」 「うんうん。聞いてるから安心して喋れ」
泣き上戸で絡み上戸で怒り上戸。
今までも見たことも無い塔矢の姿を見詰めながら、おれはそれから小一時間、塔矢が完全に潰れるまで、カウンターで自分への愛情に満ちた愚痴を嫌という程聞かされることになったのだった。
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アキラ酔っぱらいネタ。同じようなシチュで前にも書いたことがありますが、まあ気にすんな! ってことで。
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