SS‐DIARY

2011年01月21日(金) (SS)Feather Pillow


ベッドをやめて布団にしたのは、二人で暮らし始めた時に買ったベッドの足が壊れてしまったからだった。

取りあえず新しい物を買うまでの応急処置と、客用布団で寝ていたものが、なんとなくそのまま定着してしまったのだ。

元々ぼくは実家では布団だったし、新しいベッドを買いに行く暇も無い。

「だったらもう、このままでいいんじゃん?」

進藤が苦笑のように笑って言って、以来、寝室にシングルの布団を二つ並べて敷いている。

「視点が低いから部屋ん中が広く見える」
「そうだね、ぼくもこの高さで天井を見るのは久しぶりだ」

そして何より眠っている体の下が軋まない。

ベッドは固めの物にしたのだけれど、それでもスプリングが入っている分、身動きすると確実に軋む。

それが無くなったことにぼくはなんだかほっとした。



「ベッドじゃねーと、ちょっとつまんないんだよなあ」

ある夜、暗い天井を見詰めながら進藤がぽつりと言った。

「何で?」
「えー? あの時に、動いていると軋むじゃん?」

あれに結構燃えたのだと言われて、なるほどと納得した。

押さえつけられ、挿れられる。

最初は遠慮があるけれど、段々高ぶるにつれて進藤は加減が出来なくなる。

あの時に、必死でシーツを掴みながら絶え間なく耳にしていたのが、どんどん激しくなって行く軋み音だったので、知らず知らずに抵抗を覚えるようになったんだろう。

行為そのものが嫌だというわけじゃない。

でもそれを何でも無い普通の時に思い出させられるのが、ぼくはきっと生々しくて嫌だったのだろうと思う。

「でもまあ…こっちはこっちでいいけどな」

まだその話を引っ張るのかと、呆れて溜息をついていたら、布団の端が僅かにめくれた。

「進藤、いい加減にしないと―」

話しているうちにその気になったのかと、剣突をくらわせるつもりで睨んだら、指は意外なことにぼくの胴では無く、添えて置かれた手に重ねられた。

「こんなふうにさ、こっちの布団から手を伸ばして、それでそっちの布団の中のおまえの手を探すのってなんかいい」

すごく温かいし、すごくシアワセな気持ちになると言って彼はぼくの指に指を絡めた。

「…ベッドだって手は繋げただろう」
「うん。そうなんだけど、でもちょっと違うだろ」

少し大きめのダブルベッドで、一緒に肌を触れあわせて眠ったのとはまた違う。

「おれの部屋とおまえの部屋と並んで暮らしていて、それでおまえの部屋に入れて貰えたみたいな感じ」
「なんだそれは」
「なんだってそのまんまだよ」

ダブルベッドでは否応もなく触れあうけれど、布団では拒まれたら触れない。

「だからこうやって、おまえが手を握らせてくれるのが、なんか、凄く嬉しい」

だってそれっておれを拒んでいないってことだもんなと言われて体が熱くなった。

「何を今更」

拒んだってどうしたって触りたい時は無理矢理にでも触って来るくせに。

「おまえ、おれのこと好き?」

黙っているぼくに進藤は更に今更なことを聞いてくる。

「嫌いだったら一緒に暮らしてなんかいない」
「そうじゃなくて、はっきり言ってよ。おれのこと好きか嫌いか」

こうして夜中に手を握らせてくれる、おまえの心は本当におれを拒んでいないか、我慢してはいないか、おれを安心させてくれよと言われて思わず苦笑した。

(そうか)

付き合い始めて体も重ね、一緒に暮らしてもいるというのに未だに進藤は不安なのかと思ったからだ。

「そうだね、ぼくはキミと違って言葉の大安売りは出来ないから」

安易に言うことは出来ないけれど。

「――好きだよ」

世界中で一番好きだと呟くように言ったら、進藤は一瞬黙って、それからほうっと息を吐いた。

「良かった」
「ありがとうだろう」
「うん、ありがとう」

ぎゅっとぼくの手を強く握り、嬉しそうな声で言う。

「おれのこと好きって言ってくれてありがとう」

ああ、どうしてこう。
どうしてこうも、この男は自分を好きにさせるのか。

「…普段は俺様なくせに、キミは狡い」
「はあ? なんのことだよ」
「なんでもない」

なんでもないけれど腹が立ったからそれ以上は触るなと厳しい声で言ったら進藤は笑った。

「解ってるって」

今はこうしているだけでシアワセ。もう充分にシアワセだと言ってそのまま静かに目を閉じた。

八畳のなんの変哲も無い寝室で、ぼく達は手を繋ぎあって眠る。

時に拒むこともあるかもしれないけれど、たぶんきっと永遠に。

それはたぶん幸せだ。

彼が言う以上に幸せなことなのだと思いながら、ぼくは掛け布団の下、温かい彼の手を今一度ぎゅっと握り返した。

進藤はもう眠ってしまったのか握りかえして来なかったけれど、ぼくはそれでも幸せだった。

(確かにいい)

ベッドも別に嫌いでは無かったけれど、こういうことが出来るから、やはり布団で眠るのはいいと、微かにそっと笑いながら、ぼくは今一度確かめるように彼の手を握ってから、自分も静かに目を閉じたのだった。



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